ニュースレター 第51号 (2008年4月発行)
小児環境保健疫学調査について環境省と懇談会

主席者
環 境 省: 森下 哲氏(環境省総合環境政策局環境保健部環境安全課環境リスク評価室長)
長谷川学氏(同室長補佐)
国民会議: 立川涼代表、中下裕子事務局長、水野玲子常任幹事、松崎早苗常任幹事、森脇靖子常任幹事、植田武智事務局

 環境省が今年度から、化学物質による子どもの健康影響を調べる疫学調査を始める。今後、生まれてくる子どもたち6万人を対象に、12歳まで成長の成長過程を追跡する。その子どもたちの胎児期や出生後の化学物質の曝露と、ぜん息やアトピー、発達障害などのさまざまな健康影響の因果関係を調べるといった内容だ。
 画期的な成果が期待される一方で、終わってみたらすでにわかっている常識的なことしかわからなかったという結果で終わる可能性も懸念される。
 2008年2月14日、環境省において、森下さんと長谷川さんに今回の疫学調査プロジェクト概要をご説明いただき、その後に意見交換を行った。



環境省重点プロジェクト研究のひとつに位置づけ
森下 まず国際的には、2020年までに化学物質の人と環境への影響を最小化するという目標が設定されており、そのために06年に国際化学物質管理戦略(SAICM)が設定され、各国がそれぞれ取り組んでいるという状況です。
 日本では、06年に「子どもの環境保健に関する懇談会」の提言がまとめられました。その中の重点プロジェクト研究のひとつに今回の疫学調査が入っています。

人への影響は人を調べないと分からない
長谷川 では、具体的にどのようなことをやろうとしているかについて説明します。
 環境省は、環境要因に責任を持つ部署ですので、環境要因として化学物質の曝露や生活環境が、はたしてどの程度子どもの発育に影響を与えているのかをはっきりさせたいということから、このプロジェクトがスタートしました。
 これまでは、メカニズムの解明として動物実験などが実施されてきました。
 しかし、動物と人では、やはり化学物質の影響は異なる、結局は人で見てみないとわからないということで、今回疫学調査を行うことといたしました。
 実は、日本ではいくつか同様の調査が実施されています。ひとつは北海道大学公衆衛生学教室の岸玲子教授が実施している「環境と子どもの健康に関する北海道研究」と呼ばれているもので、1万6千人ほどの規模です。あと、東北大学環境保健医学教室の佐藤洋教授が実施している「東北コホート調査」でして、規模は千人程度です。環境省では、この2つの調査などを参考にしながら08年から2年間かけてフィージビリティ調査(実行可能であるかを判断するための調査)を行います。


6万人の子どもを対象に12年以上追跡調査
 2010年に本調査を立ち上げ、6万人程度の規模の調査対象者を募集し、2020年までに結果をとりまとめる予定です。
 調査対象者の募集についてですが、妊産婦となったお母様が妊婦検診を受けられた時に登録をお願いしたいと考えています。その時点で生活状況アンケートを行い、血液も採取します。その後、お子さんの生育状況を確認し、出産時には臍帯血と臍帯を採取して化学物質の曝露状況を確認します。その後、12歳くらいまで定期的に体の発達と、心の方の発達をチェックしていきます。最終的には化学物質の曝露とお子様の発達の間に何らかの関係がないかということを解明します。
 調査の成果としては、子供の発達と環境要因の影響について科学的知見を得ることです。知見が得られたら、リスク管理をしている関連部署に情報提供をしたいと考えています。
 健康影響の指標として、身体発達、先天異常、神経発達障害などを見ていきたいと考えています。とくにLD,ADHDに注目しています。メディアでは化学物質の影響が指摘されていますが、はっきりさせることができれば、と思っています。
 そのほかに、最近増えているといわれるぜん息や免疫系の異常、代謝系の異常。最近注目されているのが糖尿病です。特に先天的な1型糖尿病が注目されています。
 次に脳の性分化です。男らしさ、女らしさなどに影響がでていないかどうかなどを調べます。
 次に原因物質の曝露ですが、まず化学物質です。POPsとかダイオキシン類などです。また交絡因子として、遺伝要因や社会、生活要因なども調べようと思っています。
 たとえば、空調と喘息の関連、親の学歴とお子さんの発育の関係、父親が子どもと遊ぶ時間と子供の発育の関連などを調べたいと思っています。こうした化学物質以外の生活要因についても調べたいと思います。

常識的な結論に終わらずに、いかに問題を発掘するかが重要
立川 環境省もここまできたかという思いで、今回の調査には大いに期待しています。ただこれまでの大規模疫学調査に見受けられるように、10年間お金をつぎ込んでみたが、結局は常識的な事しか分からなかったということに終わらないか心配しています。特に、さまざまな結果の評価については研究者によって判断が分かれる可能性が大きい。全体のコンセンサスが無いから分からなかったということで済ますのではなく、はっきりしないが怪しげなところをどう突っ込んでいくかということを事前に議論しておいた方がよいのではないか? 新たな問題点を発掘して、今後の政策に生かしていくということを考える必要があると思います。
長谷川 日本の疫学調査の特徴として、情報を集めるだけ集め、分析にまで手が回らなかったケースもありました。今回は設計段階で、統計学の専門家にも入ってもらう予定にしており、解析までを見越した情報収集の設計をしていきたいと考えています。

厚生労働省や文部科学省との連携も視野に
水野 人口動態統計など既存データなどを有効利用しない手は無いと思います。妊婦にしても通常の定期健診で何度も血液とられたりするでしょ。それでまた別の検査を受けるというのは負担になると思います。子どもの定期健診とかのデータが地域の保健センターに集まるので、そこで希望者を募ってデータを集めるようにして、既存のシステムの中に組み込めば、長期的に使えると思うんですよ。
長谷川 今回のプロジェクトにおいて、アンケート調査を行うタイミングは、定期的に実施される健康診査を意識しています。実際に健康診査のデータが使えるかどうかは、フィージビリティ調査で検討していかなければならないと思います。健康診査のデータに関しては、目的外使用になるので、関係者との調整が必要ですが、ぜひ利用できればと思っています。

既に顕在化している被害の原因を解明できる研究を
松崎 新生児の死亡率は、全体では下がっていますが、悪性腫瘍や白血病など特殊な因子では上がっていることが、現在の人口動態調査でも分かっています。これらの死亡率は、治療が難しいから相対的に上がっているのか、それともほかに原因があるのか、そういうことが説明できるような調査にしてもらいたいですね。
長谷川 そうですね。高齢出産の影響が大きいという指摘もありますが、それだけでもないだろうと思います。化学物質の影響がないのかという点もぜひ調べたいと思っています。
水野 子どもの異変は既に現れています。特別支援教室の生徒数は増えている。その増え方は尋常じゃなく、じつは今回の調査のように12年間もかけて 調べている暇があるのかとすら思うくらいです。現在の自閉症になっている子どもたちの、曝露状態を調べて手を打たないと遅いんじゃないか?
森下 ご提案された調査手法ですが、一般的にケースコントロール調査と言われています。そちらの方が集めやすく、結果も早くでますが、様々なバイアスを考慮する必要があることから、化学物質の影響を見る場合にはコホート調査の方が、因果関係が明らかで、エビデンスが高いといわれています。今回はコホート調査を実施したいと考えています。
長谷川 全国共通で行う調査は、シンプルじゃないと続かないのが鉄則ですが、それぞれの地域では1万人規模のブロックができます。各ブロックでは独自に調査項目を追加することも可能にしようと思っています。今ご指摘いただいたような点についても、各ブロックにおいて追加も可能だと思います。
立川 全体の調査のほかに、個別の独自調査に、文部科学省や厚生労働省の科学研究費をどのように使うかということも重要ですね。

妊娠前の女性や夫の曝露の影響は?
森脇 妊娠前の女性への情報提供も必要ですよね。
長谷川 確かに、妊娠前の曝露と妊娠しやすさとに関連があるという指摘もありますが、この調査に盛り込むかというと難しいと思います。ただ、「いつごろ妊娠したいと思ったか」などは聞き取りできればと思っています。
松崎 父親と母親の影響は分けて分析できますか?
長谷川 確かに、アメリカでは、父親の影響も調べようとしています。日本において父親に関し、どこまで踏み込めるかは今後の課題です。

積極的な宣伝と情報発信を
松崎 全国民レベルで、浸透するために宣伝をどんどんしてもらいたい。また結果のデータの公開も重要ですね。その意味では研究者も意識を変える必要がある。今までは研究者はデータを集めて、自分の研究を完成させるだけに関心をよせ、データを積極的に公開しない傾向があったでしょう。
長谷川 今回は、環境省の事業ですので、環境省の責任で積極的に国民に情報提供したいと考えています。また、調査に関わった専門家には、学会での発表も、どんどんしてもらいたいと思っています。また日本のデータは、海外でも注目されると思います。

プラスチックや重金属も対象に
松崎 化学物質の種類について、これまで注意を払われてこなかったプラスチック溶出物質の影響も入れてもらいたいのですが。
森下 中間処理施設から出るものでしょうか? 可塑剤などですか?
松崎 可塑剤だけでなく、プラスチック素材そのものも溶出してくる。杉並病もそうなんですよ。あと代謝物など。
長谷川 項目に関しては分析可能かどうかの問題もあるので、専門家にご検討いただこうと思っています。また、余った検体については長期保存(バンキング)を予定していますので、あとから分析することも可能です。
森脇 我々でも独自に子供の頭髪検査をやっているんですが、アルミニウムが高いという結果がでたんですよ。なぜ子どもに高いのかわからない状態なんです。食品など、どこにでも使われている。これらの重金属もぜひ入れていただければと思います。

子ども独自のリスク評価を
中下 疫学調査に絡んで、リスク評価の時に、大人をベースにしたものではなくて、子ども独自のリスク評価をしろと主張しているのですが。
長谷川 不確実係数などをいくらにするかということですね。そこが重要だと考えていて、先生方に検討いただいていますが、難しい課題です。また、食事に関しても、飲む水ひとつをとっても水道水を飲む人、浄水器を使っている人、ペットボトルを飲んでいる人と様々です。そうすると評価が難しくなります。
立川 影響というのはなかなか分からないから難しい。現在は、エビデンスが出ないもの、分からないものは存在しないということで処理しています。現在のリスク科学は影響がわかっているということが前提でしょう。その点については、化学物質の長期影響を評価する上では見直す必要があると思っています。エビデンスははっきり出ないけれども、気をつける必要があるといったものもあるというようにね。
中下 エビデンスがはっきりしないとしても、子ども用には禁止すると言った対策は必要だと思うんですよね。そういうことができるような素地を提供していただきたいと思うんですよね。
長谷川 曝露の指標と影響の指標を結びつける線は、今までだと動物実験などが主だったんですが、今回のような6万人規模の疫学調査で、科学的根拠の充実が期待されます。
森下 年間百万人しかお子さんが生まれない中で、6万人を集めるということで、本当に大変なんですが、結果も分かるところから出していきたいと思っていますのでどうぞご期待ください。
中下 私たちもできる範囲で、宣伝などの協力して生きたいと思っています。本日はどうもありがとうございました。

          (文責 植田武智)

 

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