〜松煙、柿渋、ニカワ、自然系塗料体験記〜
日本最古の官道に蘇る防水、防腐の技術とは
国民会議常任幹事 水口 哲
家具、家屋には、様々な化学合成の塗料、防水剤、防腐剤が使われている。なかには、シックハウスやアレルギー、癌の原因になるものもあるといわれている。一方、松煙、柿渋、ニカワなどの自然素材を用いた防水・防腐効果のある塗料も、ほんの半世紀ほど前には盛んに使われていた。それらは、シックハウスや発がん性と無縁だった。しかも漆と違い、値段も安く、使い方も難しくない。近年、古民家再生や環境のブームに乗って、その価値が再認識され始めた。そうした自然素材に学ぶワークショップに参加したので、その模様を紹介する。
木材が呼吸できる塗料
山吹色の西日が、床の間を照らす。晩秋の微風が、縁側から客間を抜ける。この風は、播磨灘から大阪湾を渡り、金剛山地を越えて、隣の奈良盆地に入る。大阪駅から電車で90分ほどの大阪府南河内郡太子町にある旧山本家住宅。日本最古の官道“竹内街道”沿いにある。この道は、推古天皇や聖徳太子が、そして空海が、松尾芭蕉が歩いた道である。街道沿いに、江戸期の民家が100メートルほど続く。そのうちの一軒で、ワークショップが行われた。
昨年11月20日、古民家再生を業とする建築家、工務店店主など20名余りが集まった「拭き漆と柿渋のワークショップ」である。古民家再生が静かなブームになるなか、木材の塗装、防水、防腐が課題になっている。古材の呼吸を止める化学塗料は使えない。といって、昔のように、囲炉裏の火で24時間燻すわけにもいかない。木の息を止めず、しかも防水、防腐効果があるのが、柿渋など自然素材の塗料といわれている。独学で、伝統的な自然系塗料を習得し、今ではマンション内部の塗装まで手がけるという塗師の柴田幸雄さんに学ぶのが目的であった。
作務衣のように袖を絞った墨色の羽織を着た柴田氏が現れる。60歳前後だろうか。床の間を背にし、和机に飴色の棒や大瓶を並べだす。瓶には、旧字体でそれぞれ「柿渋」「松煙」「亜麻仁油」「荏油(エゴマ)」などと書かれたラベルが貼られている。それぞれ、焦げ茶色、墨色、亜麻色、胡麻色である。
柴田さんが、ひとつひとつ説明する。飴色の棒は、ニカワだった。馬や豚の皮と骨の間にあるゼラチンを煮詰めたもので、接着剤として長い間、使われてきた。断面は1センチ角、長さは40センチほど。「これを5、6本、水の入ったバケツに入れて1日置く。どろどろに解けて、木工ボンドより強力な接着剤になるんや」。昔の家具は、ニカワや米糊で、接着したと付け加える。現在は、ほとんどが中国産だという。
柿渋でシックハウスが直った
「松煙」は、松の根を燃やしてつくった煤である。これをニカワ5本と一緒に、バケツ一杯の水に入れて、30倍の濃度に薄める。この薄墨色の液体に油を混ぜた塗料が、奈良、平安期の寺院の古代色となったと柴田さんが言う。油は、菜種油、亜麻仁(あまに)油、桐油、荏油(えごま)を使う。後ろに並べたものほど、高価になる。戦国の武将、斎藤道三の振り出しは、油屋だった。ここまでの説明が一段落すると、参加者各人に、縦横30センチ、厚さ3センチほどの杉板が渡される。薄墨に菜種油を混ぜたものを刷毛で板に塗る、下塗りである。
乾くまでの間に、今度は、柿渋の説明がある。未熟の青い渋柿の果実を潰し、圧縮して出来た液を発酵させて作る。防水・防腐効果があるため、板塀や柱などの建築用の塗料として使われた。和紙に塗って、和傘、渋団扇、紙衣が作られた。戦後、化学製品の普及で、その利用が激減する。それでも絶滅しなかったのは、「酒袋など醸造用搾り袋や清酒製造における清澄剤として使われ続けた」(今井敬潤、『柿渋』)からである。酒どころの京都、大阪に、柿渋屋が残った理由は、そこにある。京都生まれの柴田さんが、自然素材の塗師になった経緯も聞く。「もともと、古い文化に関心があった。それに、嫁さんが食べ物屋をやりたい、と言う。分かった、俺が作ったるわ。そこで、木材や柿渋、松煙など材料だけ買った」。当時、柿渋などの自然素材はペンキより安かったという。しかし、大工仲間の誰も使い方が分からない。そこで、国会図書館にこもって文献を渉猟する。ところが、「余りに日常的な技術だったので、文献には詳しくは書いていなかった」。試行錯誤の日々が続く。「10年近くたってようやく使えるようになった」。
今では、シックハウスに苦しむ客を中心に注文も増えてきた。マンションのビニールクロスを剥ぐ。和紙を貼って柿渋を塗る。「この程度の簡易な改修でも、空気が変わり、病気が治った、というお客さんがおる」。それで、マンション一棟丸ごと、内装を塗りなおしたこともあると語る。
先ほどの、下塗りが乾いたので、今度は柿渋を塗る。発酵臭がする。が、きつくはない。1回、2回と塗る。薄墨地に、一瞬柿色が浮かび上がり、墨に沈んだ。時間が経ち、陽が当たると熟れた柿色に輝くという。「ペンキは、塗った時が頂点だが、柿渋は時間が経つほど風合いが出る」。
「エコ住宅の建築家は、防水性塗料はオスモ社(ドイツ)のを使う人が多い。でも、日本人がもともと使ってきた柿渋など、ええもんをもっと使ってほしいな」。柿渋を一口、飲み干して呟いた。高血圧に効くという。
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