解説:ダイオキシン内部負荷量計算に基づく耐容1日摂取量の新しい考えかたの提案
――細胞当たりのダイオキン曝露分子数で考える
京都大学名誉教授 環境ホルモン学会副会長 松井三郎
WHOが導いたダイオキシン類の耐容1日摂取量4pg/体重kg/日は、サルの3世代にわたる毒性影響動物実験や、マウス、ラットの動物実験と人や動物の血中濃度、動物細胞を利用した毒性影響を見る生化学的実験等、多くの試験結果の集積に基づき検討された結果である。ダイオキシン類の影響濃度が、従来の化学物質の毒性影響濃度と比較してあまりにも低濃度であるため、その数値の持つ意味が、一般の人から見ると理解を超えるものとなっている。そこで、ごく低濃度の数値をどのように理解すれば、一般の人が納得できるか、科学者にとって説明の方法を改善する必要がある。ここでその試みを行なう。
1.質量単位の理解
科学的に質量を表す単位は、英語表記で1000倍毎に呼び名を変える。例えば基本はg―グラム、これは100単位のことである。これより1000倍少なくmgは10−3 単位、μg(マイクログラム)は10−6、ng(ナノグラム)は10−9、pg(ピコグラム)は10−12、fg(フェムトグラム)は10−15単位となる。
反対に1000倍重くなるとkg、さらに1000倍でt(トン)の単位になる。
| f |
p |
n |
μ |
m |
g |
k |
t |
|
| −15 |
−12 |
−9 |
−6 |
−3 |
100 |
3 |
6 |
2.ダイオキシン類のような有害化学物質は、人体に摂取された後、排泄に時間がかかることから、体内に蓄積することになる。
これは、ストロンチウムやセシウムのような骨等に蓄積する放射性物質と同じ取り扱いになる。このように体内蓄積して有害性を持続することから、放射能物質では、体内被曝という概念が用いられているように、ダイオキシン類では内部負荷量という概念を用いている。
3.人のダイオキシン内部負荷量の日変動を計算するには、毎日、食物、大気、水などから摂取吸収分と排泄する分の動的平衡を考える。その時の基本式は以下になる。
ダイオキシン類体内負荷量濃度 (ng/体重kg)/日={摂取吸収分/日}―{ダイオキシン類排泄量/日}
摂取する量が排泄量よりうわまわると体内蓄積となり内部負荷量が増加する。反対の場合、減少する。
4.次に、内部負荷量を単位細胞あたりの2,3,7,8-TCDD分子暴露量に換算する。
摂取量がpgという極微量であるため、体重kgとの間に1015倍もの開きが生じていることから、微量であるが生物学的に重要であることが理解しにくい。ところが、ダイオキン分子が人の細胞に侵入し滞留していることを想定すると、内部負荷量の意味が分かりやすくなる。人間の持つ細胞数総数は約60兆個と計算されている。すなわち6.0×1013個数である。日本人女性の平均体重を50kgとして考える。これは、母親に蓄積したダイオシン類が妊娠で胎児に移行し、生まれた子供に影響が無いように考えるためである。さらに、ダイオキシン類の最強の代表として2,3,7,8-TCDDを考える。 2,3,7,8-TCDDの分子量は、320(g / mol)である。次にアボガドロ数を6.02×1023(分子 / mol)とする。科学者アボガドロが発見した重要な物理定数で、全ての分子1モル(mol)相当量は、6.02×1023分子数で構成される法則である。これらの物理定数を利用すると、計算の結果内部負荷量1(ng /体重 kg)は1.58(分子 / 細胞)に相当することになる。
5.ダイオキシン摂取量と内部負荷量(細胞当たりのTCDD曝露量)の関係
そこで、単位細胞あたりの 2,3,7,8-TCDD分子暴露量(内部負荷量)をN(分子 / 細胞)で表すと、Sm:ダイオキシン類摂取量(pg/体重kg/日)との間に、1細胞あたりの2,3,7,8-TCDD分子曝露量(分子/細胞)Nは次式で表現できることになる。ここでは仮定としてダイオキシン類体内吸収率 50%とする。すなわち50%は摂取しても、残りは便に出ることになる。また体内に侵入した2,3,7,8-TCDD分子は、体内で約7.5年滞留する(生物学的半減期7.5年)としている。
N=3.12×Sm
上の図は、横軸に日当たりダイオキシン摂取量(pg/kg/d)、縦軸に細胞当たりの2,3,7,8-TCDD分子曝露量を表している。横軸4pg/kg/dは、WHOと日本の基準である。そうするとこれは縦軸は12.5分子/細胞に相当していることになる。そこで、さらに安全性を高めたダイオキシン摂取量を提案すると、縦軸が1分子/細胞のところまで下げることの意味が明らかになる。そのことは、ダイオキシン摂取量を0.32pg/kg/dに設定することを意味する。アメリカEPAは過去に、ダイオシンの発ガンリスクから計算して0.006pg/kg/dを提案したことがあったが、その値は0.0187分子/細胞となる。ダイオキシン類の危険性は、成人が1生涯で起こる発ガン性より胎児の発達過程で引き起こす障害の危険性のほうが大きい。アメリカEPAの基準を採用する方がより安全であることは間違いないが。ダイオシン摂取量を0.006に設定する根拠は、現在説明が出来ていない。ここで筆者が提案するのは、現行基準を改定する根拠として、内部負荷量(曝露量)を1細胞当たり1分子以下にすることである。実際にはダイオキシン分子は、均一に人体細胞に分布していない。皮下脂肪、肝臓脂肪、血液蛋白等に蓄積する個所は偏っている。男性では前立腺濃縮、女性では卵子と妊娠中胎児移行が重要である。
この問題の解明は未だ不十分である。それが科学的に解明されるまでの暫定基準値を改定するなら、例えばここで提案している数値は、1細胞1分子以下の概念で、一般の人にも理解されると期待する。

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