
講師:戸高恵美子氏(「千葉大学環境健康フィールド科学センター」助手)
まさのあつこ氏(ジャーナリスト、『日本で不妊治療を受けるということ』(岩波書店)著者)
連続セミナー第5回目は、不妊治療をテーマに開催されました。環境と人の健康との関係を研究されている戸高氏からは、人の発生と先天異常の説明とともに、胎児への環境影響についてお話していただきました。また、まさの氏からは、実際の不妊治療とはどのようなものか、患者への情報提供や心のケアの不足など、不妊治療をめぐる体制について、ご自身の不妊治療経験も交えてお話していただきました。
●子供を取り巻く環境とリスクを減らす対応
(戸高恵美子氏)
ヒトの発生は、男性の精子と女性の卵子が受精することによって始まります。受精卵は1週間くらいかけて卵管をとおり、子宮に移動し、着床します。受精してから通常38週で出産となりますが、この間、ほんのわずかなゆらぎやひずみによって先天異常が生じることがあります。先天異常の原因としては、環境要因として判っているものが10%程度(風疹のウィルスなど)、遺伝的・染色体異常によるものが約20%、原因不明のものが約70%です。なお、最近、先天異常が急激に増えていると言う人がいますが、私はそうは思いません。医療技術の進歩によって、以前は見つからなかった先天異常が見つかるようになりました。そのため、表面上は先天異常の子が増えているように見えるのだと思います。
ヒトが受精して、無事に出生する確率は33〜38%程度しかありません。受精後、着床するまでの間に3分の1が本人も気づかないうちに流れてしまい、着床後も3分の1が流産しているのです。
妊娠期間中であっても、その時期によって先天異常が発現する危険率が異なります。例えば、外形の先天異常発現の危険率は、胎齢3週から8週くらいが非常に高くなっています。この時期は、お母さんも妊娠に気づいていない時期ですので、注意が必要です。また、同じ毒性であっても、成人と胎児では影響が異なります。母体にとっては影響がなくても、胎児にとっては致命的な影響となる場合もあるので、注意が必要です。
また、近年、問題となっているアレルギー疾患の増大は、遺伝要因よりも、胎内の環境要因があるのではないか、と考える研究者もいます。これは、父親よりも母親のアレルギー疾患が子どものアレルギー発症に大きな影響を与えていること、高齢出産の母親にアレルギー児が多いこと、児童のアレルギー疾患が過去数十年という短期間に急増していることなどの調査結果からも推測されます。
ヒトの胎盤経由による被害として、水俣病(公害)、サリドマイド(薬害)、DES(薬害)、環境ホルモンなどが知られています。私たちが、これらの経験から得た教訓は、科学的根拠が明確になるまで待っていては被害が広がってしまうこと、予防するコストと被害が生じた後のコストを比較すると、予防するほうが、結局は低コストで済むということです。
21世紀は予防医学の時代と言われています。発症してから治療を施すのではなく、未病段階の対応によって、予防と健康増進を図ろうというものです。私どもは、不要な化学物質を削減したまちづくりを推進し、環境改善型の予防医学の研究をしています。研究成果を学会で発表するだけで終わらせるのではなく、何をどう改善するべきかを社会に向けて発信し、実際の皆さんの生活に活かせるように努力しています。
●知る人ぞ知るでは済まない不妊の話
(まさのあつこ氏)
不妊の自助団体(NPO法人)が行った調査によれば、不妊に関する知識・意識について、不妊体験者と一般女性との間では、相当の差があることがわかっています。例えば、日本における夫婦の不妊割合が10組中1組だということを知っている人の割合は、不妊経験女性では75%であるのに対し、一般女性では49%にすぎません。また、女性の生殖能力が20代後半から低下し始めること、現在、日本において体外受精や顕微受精で生まれた子どもが、全体出生数65人に1人の割合であることなどについても、一般女性は、知らないことが多いのです。
不妊の原因については、男性因子によるもの、女性因子によるものがそれぞれ約40%ずつであるのに対し、原因不明のものも約20%あります。原因不明のものについては、化学物質が原因ではないかという説もありますが、女性は加齢とともに自然に妊娠しにくくなりますので、晩婚化や、晩産化などが主な原因ではないかと考えられます。しかし、そのような事実を知る人が少ないので、今後も不妊のカップルが増えていくのではないかと思います。
現在、日本では、高度生殖医療技術が進展し、不妊治療の選択肢が増えてきています。ところが、不妊治療に関する法律は整備されておらず、日本産科婦人科学会の自主規定があるにすぎません。不妊問題の実態調査や、社会的な生命倫理の形成よりも、技術が先行してしまっているのです。日本では、そもそも不妊治療の当事者が、治療の事実を隠したいとか、忘れたいと考えることが多く、また、マスコミも、学会の自主規定や国境を越えたような特殊ケースばかりを取り上げる傾向があったため、全般的な不妊問題が社会的な関心になりにくかったのだと思います。しかし、現在は、当事者のカミングアウトも増えているので、社会意識が変化する過渡期だと思います。
また、最近では、少子化対策として不妊治療が注目され、各地の地方自治体で特定不妊治療助成制度が実施されるようになりました。少子化社会対策基本法が根拠法となっているのですが、これは、“産む装置”発言と同じ発想で、国のために産めと言うようなものですので、多少の違和感があります。しかし一方で、助成の内容も決して十分であるとは言えないながらも、現に、治療は受けたいけれども収入が少ないために、治療を断念する人たちが多く、必要とされていることも事実です。
このように経済的な支援が増大する一方、不妊の自助組織による冊子の配布、不妊カウンセラーの養成、各都道府県への不妊専門センターの設置など、心のケアについての支援も増えています。私自身、不妊治療の経験を通じて、例えば産婦人科では、妊産婦に対する母乳教室など妊娠中のサポートが充実しているのに対し、不妊治療者に対するケアがないと感じていましたので、今後、このような支援体制が充実していくことを望んでいます。
(子どもプロジェクトチーム・下条珠美)
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