ニュースレター 第47号 (2007年8月発行)
環境法の今・第25回
カネミ油症事件関係仮払金返還債権の免除についての特例に関する法律(特例法)成立

国民会議副代表、弁護士 神山美智子

 本年6月1日、多くの人が待ち望んだカネミ油症特例法が成立しました。この法律は、国が被害者側にいったん支払った損害賠償仮払金合計約17億円の返還を免除するもので、税金や社会保険料を差し引いた後の所得が4人家族で1000万円未満の世帯が対象です。この法律によって、被害者の数十年の長きにわたる苦しみを少しは減らすことができると思います。
 カネミ油症とは、1968年福岡、長崎など西日本を中心に発生した食中毒事件で、届出患者数は14,000人を超えました。原因食品はカネミライスオイル(米ぬか油)で、製造販売していたのは北九州に本社があるカネミ倉庫です。
 米ぬか油の脱臭工程で熱媒体として使用されたPCB(カネカ製造カネクロール400)が油の中に漏れてしまったのです。
 後にPCBにはダイオキシンが含まれていたことが分かったのですが、国がこのことを正式に認めたのは何と2002年のことです。
 最も特徴的な症状は全身に及ぶクロロアクネ(塩素にきび)で、にきびがつぶれると臭い膿が出たそうです。色素沈着、微熱、易疲労、骨と歯の脆弱化などもあり、因果関係は認められていないものの、ガンも多発しました。お母さんが妊娠中や授乳中にカネミ油を摂取した赤ちゃんは、「黒い赤ちゃん」と言われるように、色素沈着がありました。
 被害者は、身体がだるい、微熱がある、臭い膿が出るなどから、仕事もできず、社会的に差別されるなどの辛い思いを重ねてきました。
 1968年、人の被害発生の前に、ダーク油事件という鶏の大量死事件が発生しています。農水省系の肥飼料検査所は、原因がカネミ倉庫から排出されたダーク油という廃油にあることをつきとめ、使用禁止、餌の販売禁止などの措置をとりました。
 肥飼料検査所の職員も一応食用油について、カネミ倉庫の社長に聞いてはいるのですが、それ以上踏み込んで厚生省側に知らせ、調査を勧告するなどしませんでした。つまり、鶏の餌は農水省、食用油は厚生省という縦割り行政の弊害が現われたのです。
 そこで被害者は国の責任を追及する訴訟を提起して勝訴し、判決に基づいて仮執行を行い、仮払金約27億円を得たのです。病気で働けなかった被害者は、この仮払金を生活費や治療費に当ててしまったそうです。
 しかし1987年、最高裁判所でPCB販売元のカネカと和解し、国に対する訴えは取下げることになりました。最高裁判所で国の責任を認めた下級審判決がひっくりかえりそうになったための苦肉の策でした。訴えを取下げると、受け取った仮払金の返還義務が生じますが、国(農水省)は、事実上破産に近い被害者は払えないことを承知の上で、取下げに同意したのです。
 ところが取り下げから9年後、つまり債権管理法の時効1年前の1996年、国は一斉に返還要求を始めました。カネミ油症がみつかってから28年後のことです。そのとき赤ちゃんだった被害者でさえ30歳近くになっていました。親から何も聞かされずに結婚した人もいました。中には年金の半分以上を返還に当てていた被害者もあり、子どもに申し訳ないと自殺した被害者もあったそうです。
 こうした事実を世の中は完全に忘れ去っていましたが、明石昇二郎さんが書いた本によってこの悲惨な事実が社会に伝わったのです。そしてNGOのカネミ油症被害支援センターができ、多くの患者・被害者の方に働きかけて、2004年、日本弁護士連合会に、人権救済の申し立てをするところまでこぎつけました。
 日弁連は2006年4月17日、国として立法措置も含め、被害者に対する仮払金債権の一律全額免除、医療費、医療関係費、生活補償費の支給をすることなどを国に勧告しました。
 そのころ被害者の働きかけにより、与党にもカネミ油症事件のプロジェクトチームができ、仮払金問題を中心に立法も視野に入れた検討が進められていました。日弁連人権擁護委員会委員や公害委員会委員などは、手分けして与党PT議員を訪問し、一日も早い解決を要請しました。支援センターを中心にした誓願署名も提出されました。
 被害者を含む多くの方達の努力が、ようやく特例法実現をもたらしたのですが、これでは不十分です。被害者の多くはカネミ倉庫に対し訴訟を起し勝訴していますが、判決に基づいて執行するとカネミ倉庫が倒産してしまうということで、強制執行ができません。農水省はカネミ倉庫に荷物を預託して代金を支払い、カネミ倉庫が被害者に医療費の保険自己負担分を支払っているだけなのです。
 しかも被害認定基準が非常に厳しいので被害者と認定された人がわずか2000名程しかありません。
 目の前の仮払金という大きなトゲは抜けましたが、日弁連が勧告した医療費、医療関係費、生活補償費の支払などはまだ実現されていません。
 これまでも1955年には森永ドライミルク事件(ヒ素混入)が起き、乳児12,000名が被害を受け、130名もの死者さえ出しました。この加害者は日本でも有数の大企業森永乳業でしたから、恒久対策のため全額出資で光協会を設立し、治療費などの補償をしています。
 医薬品副作用と違って、食品事故被害者には、公的な救済制度がないので、加害企業が保険に入っていない限り、仮に訴訟で勝っても被害弁償が受けられません。
 国はカネミ油症を受けて、食品事故被害者救済制度の必要性を認め、立法化推進を国会でも答弁していたのです。これがいつの間にかなぜか、雲散霧消してしまいました。
 カネミ油症被害者が救済されないということは、将来被害を受けるかも知れない私たちも救済されないということです。
 まずカネミ油症被害者が安心して充分な治療を受けられるように、国にさらなる措置をとらせるよう働きかけなくてはならないと思います。
 ところで、ダイオキシンの観点から認定基準が見直され、新たに油症患者として認定される人がでてきました。しかし公的な救済制度があるわけではないので、認定された患者さんには、カネミ倉庫から見舞金約20万円が支払われ、油症と認められる症状について治療費の補償がなされるだけなのです。
 ダイオキシンは最高の環境ホルモンであることを考えれば、皮膚症状などだけでなく、全身症状、特に女性の生殖に関係する異常をカネミ油症被害と認めて、治療費を補償する必要があります。また健康保険の自治体負担分をカネミ倉庫は支払っていないのです。

保田弁護士を中央にして、与党カネミ油症問題対策プロジェクトチーム(与党PT)のメンバーであり元厚生労働大臣である坂口議員が被害者にねぎらいの言葉をかける。(2007年5月24日特例法が通った直後の院内集会で):カネミ油症被害支援センター提供

 

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