ニュースレター 第46号 (2007年5月発行)
連載第4回:【環境ホルモン研究の最先端】
ダイオキシン、ベンゾピレン、インドールの
毒性の違いはどこまで分かったか?

京都大学名誉教授 松井 三郎
京都大学地球環境学堂研究員 鍛冶 春奈
順天堂大学環境医学研究所ポストドクトラル・リサーチフェロー 三崎健太郎
京都大学地球環境学堂助教 足立  淳 
京都大学地球環境学堂准教授 松田 知成

1.はじめに
 ダイオキシン類や多環芳香族類の環境汚染により、人に健康影響がでていることが理解され研究が急速に進行しているが、健康影響を科学的に解明するためには、細胞内においてそれら物質がどのような挙動をしているか理解する必要がある。
 20世紀末から急速に進歩している、遺伝子の働きを解明する分子生物学の手法が、その基本的理解を助けてくれる。京都大学地球環境学堂松井研究室は、ダイオキシン類、多環芳香族類、インドール類の毒性の違いに着目して分子生物学研究を行ってきた。

2.ダイオキシン受容体(多環芳香族受容体−AhR)の役割
 ダイオキシン類以外に、石炭、石油、木材その他有機物質の燃焼により多数の多環芳香族類が生成する。さらに、日常摂取している食品中にも多環芳香族類が存在する。特に、人の血液、尿中のインディルビン、インディゴのインドール類は、藍染の色素であるが、腸、肝臓で腸内細菌の介在で日常生合成していて、ダイオキシンより低濃度で受容体と結合することを松井研究室が発見した。石油、石炭、木材燃焼により発生する多環芳香族類も、食品から摂取している多環芳香族類も、人の細胞内に侵入して、ダイオキシン受容体(多環芳香族受容体又はAhR)により受け止められて合体し、他の補助的蛋白質(転写因子)と複合体を形成して、さらに細胞の核内に移動して遺伝子の特定領域に結合する。この一連の動きを図1に示す。AhRリガンドとは、受容体に受け止められる多環芳香族物質などの分子である。細胞膜分子の間をすり抜けて細胞内に入り込む。細胞膜分子の脂質部分の間をすり抜けるために、リガンドは脂質親和性が条件となる。AhRに加えてHsp90、XAP、p23の転写因子(蛋白質)が複合体を形成して細胞核内にAhRリガンドを輸送し、核内で転写因子Arntと複合体を形成して遺伝子XRE領域に結合する。そうするとXRE遺伝子の下流にあるDNA二重螺旋が開き、多くの遺伝子が読み取られてmRNAとなり、核外のリボソームでmRNA遺伝子の情報に基づき、それぞれの蛋白質製造が行われる。生成した蛋白質は、代謝酵素、サイトカイン(ホルモンとは違う細胞間情報伝達分子)、細胞周期などの制御に関わるもので、CYP1A1、CYP1B1、GST、UGT、Ahrrなどである。AhRは輸送の仕事を終えると、XREから離れて、細胞内で崩壊してアミノ酸にまで分解する。
 それではAhRリガンド自身はその後どのような挙動をしめすか? これが、毒性の違いと関係することが分かってきた。多環芳香族類の中には、全く受容体で認識されないものも―すなわちAhRリガンドとならないものも存在する。そのような物質は、どのような健康影響を与えるのか? どのように化学的変化を受けて細胞外に排除されるのか? 現在は不明である。それらの毒性機構は、今後の研究の課題である。

3.ダイオキシン類、ベンゾピレンなど多環芳香族類の毒性
 ダイオキシン類やディベンゾフラン類は、ごみの焼却やパルプ製品の漂白などにより生じる副生成物で、また除草剤、枯葉剤として製造された有機塩素系農薬に副生成物として存在し、森林の燃焼によりも生成する。発がん性、催奇形性(口蓋裂、水腎症)、免疫毒性、肝毒性、塩素ざ瘡などの様々な毒性影響が認められているが、それらの遺伝子、分子生物学的な毒性メカニズムは、まだ良く分かっていない(図2)。また動物種差、さらに同じ動物種でも遺伝子の系統による感受性に大きな差が見られる。例えば、げっ歯類のモルモットの半数致死濃度は、0.6mg/Kg体重であるが、ハムスターは、5,051mg/Kg体重で、毒性に8,000倍の差がある。一方、多環芳香族類(PAHs)は、石炭、石油製品に存在し、有機物の不完全燃焼によって生じる。過去の研究により、多くの多環芳香族類が変異原性を示し、ベンゾ(a)ピレンは、強い発がん性を持つことが明らかとなっている。
 ダイオキシン類やディベンゾフラン類は遺伝子DNAのどの部分にも化学結合しないことが分かっている。そのことから、直接変異原ではない。また、動物肝臓の酵素混合液を作用させ化学的処理してもDNAに結合する物質への変化が認められない。このことから間接変異原でもない。一方、多環芳香族の代表的なベンゾ(a)ピレン(B[a]P)は、図3に示した代謝による化学変化を受けて、変異原性、発ガン性が認められている。AhRと結合したダイオキシン類、ディベンゾフラン類、ベンゾ(a)ピレンは、図1で示したように酸化酵素CYP1A1、CYP1B1など多数の蛋白質(酵素や転写因子)を製造する。酸化酵素は、図3に示したようにB[a]PをB[a]P 7,8-epoxideに酸化し、多くの酵素代謝ステップを経て、B[a]P 7,8-dihydrodiolに至る。さらに、酵素群によりB[a]P 7,8-dihydrodiol 9,10-epoxideまで酸化されると、DNA塩基に結合して付加体を形成(遺伝子損傷)し、突然変異最初の原因となる。この損傷したDNA塩基を、切り出し正常なDNA塩基に取り替えることが成功すれば(遺伝子修復遺伝子が働き、正常な遺伝子DNAに修復すれば)突然変異に至らない。
 ヒトの細胞のほとんどは、時々刻々修復しており突然変異を起こさないで済んでいる。仮に突然変異が起こっても、突然変異が起こった遺伝子領域が、機能していない領域であれば、病気は発現しない。ヒトの遺伝子数(ゲノム数)は約23,000種あるが、全体のDNA領域の2−3%で、あとは不活性領域と推定されている。しかし、遺伝子損傷が、一度に多数箇所でおこり、修復が間に合わない場合に、問題が発生する。また、遺伝子損傷数は少なくても、ガン遺伝子領域、ガン抑制遺伝子領域に、損傷が起こり修復間違いに至れば、ガン発生となる。
 図3においてAldo-keto還元酵素の変化でB[a]P 7,8-dioneとなり、それがDNA損傷(付加体形成)にもなる。このことからもB[a]Pが、間接変異原であることの重要なメカニズムが証明されている。しかし、さらに重要なことは、B[a]P 7,8-dihydrodiolとその活性酸素がDNA塩基に結合して酸化的付加体ー損傷になる点である。そのことからもB[a]Pの強い発ガン性の原因となっている。活性酸素種の遺伝子損傷は、最も普遍的な遺伝子損傷と考えられている。そのため抗酸化物質の重要性が理解されている。
 それでは、ダイオキシン類、ディベンゾフラン類はDNA損傷性とどのように関係するのか? 現在、確実な証明がなされていない。あくまで推定であるが、ダイオキシン類、ディベンゾフラン類が細胞内で化学的変化を受けにくい安定した物質で、細胞内に長く滞留し、しかしAhRの強いリガンドとして、XRE領域に結合し代謝酵素、サイトカイン、細胞周期の制御に関わる遺伝子などを、不必要に活性化させ、CYP1A1、CYP1B1、GST、UGT、Ahrrなどの酵素、転写因子などを過剰に、製造することが多様な毒性原因ではないかと疑われている。CYP1A1、CYP1B1など酸化酵素群は、例えばステロイドホルモン群の生合成、分解にも関与し、また他の多数の細胞内酵素が行う酸化代謝にも関係している。ホルモン物質の生成、変化に関係している。ダイオキシン類、ディベンゾフラン類の毒性の全貌はまだ良く分かっていない。

4.食品中や天燃物質のAhRリガンド
 ヒトが意図的に摂取する食品中のAhRリガンドは、AhRに対してTCDDやPAHsと競合的に作用していると考えられる。ヒトが意図的に摂取する食品中には、ガン抑制効果(抗酸化物質)があるとして、レスベラトール(赤ぶどう酒)、エピガロカテキン(お茶)などフラボノイド類があるが、これらはAhRアゴニスト作用(受容体と複合体形成しXREに結合するリガンド)やアンタゴニスト作用(受容体と複合体形成するがXREと結合しないリガンド)がある。これらは細胞内でダイオキシン(TCDD)や多環芳香族類(PAHs)と競合的に作用していると考えられ、複合的影響(相加、相乗、拮抗効果)を及ぼすと考えられるが、現在、良く理解できていない(図4)。そこで、飲料を対象に食品中のAhRリガンド活性物質の探索を試みた。コーヒー、緑茶、ウーロン茶、リンゴジュース及びトマトジュースについてAhRリガンド活性を調べたところ、トマトジュース以外すべてにAhRリガンド活性が認められた。またコーヒーには特に高いAhRリガンド活性が見つかり、高いAhRリガンド活性は銘柄やインスタントコーヒーを含めて存在形態の別に関係なく保存されていた。単離された物質のMS/MS(二重連結分子質量測定)スペクトルが炭化水素類やステロイド類に酷似しており、コーヒーに存在するAhRリガンドがステロイド類である可能性を示唆した。今後さらに解明することになっている。
 さらに、ヒトの血液、尿、牛の血液などに存在するインドール系物質を調べた。現在までに報告されている天然由来リガンドのうち最も強いAhRリガンド活性を示すのがインドール系化合物であり、pM、nMオーダーでAhRを活性化する。ダイオキシン類と比べて同等以上に極低濃度で作用する。インドール系化合物は必須アミノ酸であるトリプトファンの代謝で生じる。アブラナ科の植物(ブロッコリー、小松菜等)に存在が認められる。インドール系化合物は抗酸化作用がありガン抑制に働くと考えられる。
 インディルビン、ICZ、FICZをヒト酸化酵素CYPsで代謝したところ、AhR依存的に発現誘導されるCYP1A1、1A2及び1B1によって主に代謝されることが明らかとなった。つまり、インドール系化合物は自らの誘導する代謝酵素によって代謝を受け、すみやかにリガンド活性を失う(化学構造が変化)ことがわかった。更に、DNAを構成する4種類の塩基に付加体が結合していることを確認する32P-ポストラベル法及びLC/MS/MS法(液体クロマト二重連結分子質量測定)で、インドール系化合物のDNA損傷性(インドール系分子の変化したものが塩基末端に結合して付加体を形成)を調べたが、DNA損傷は起こっていなかった。

5.AhRリガンドの毒性を理解する3分類
 これらの総合的な研究から、AhR活性を持つ多環芳香族類は(1)インディルビン型リガンド、(2)ベンゾピレン型リガンド、(3)ダイオキシン型リガンドの3種類に分類できる。
(1)インディルビン型リガンド:天然由来のうち最も強力なAhRリガンドであるインドール系化合物は自らが誘導する代謝酵素であるCYP1A1、1A2及び1B1によって容易に代謝され、リガンド活性を失った。インドール系化合物はPAHsのように細胞内で代謝を受けた後、DNA損傷を引き起こすことはなかった。
(2)ベンゾピレン型リガンド:自らが誘導する代謝酵素であるCYP1A1、1A2及び1B1によって容易に代謝され、リガンド活性を失うが、さらに酸化還元代謝を受け、代謝した多環芳香族分子が付加体形成にもなるし、酸化還元過程で活性酸素種を生成しそれが酸化的付加体として遺伝子損傷となる。
(3)ダイオキシン型リガンド:細胞内で強いAhRリガンドとして働き続け、細胞外に排除されにくいことから、細胞内の他の代謝反応に様々な波及的影響を及ぼす。波及的影響の全貌はまだ分かっていない。

 

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