ニュースレター 第45号 (2007年2月発行)
座談会
新しい化学物質時代の夜明け

出席者(左から)
国民会議代表   立川  涼
国民会議事務局長 中下 裕子
国民会議副代表  神山美智子
国民会議常任幹事 井上 雅雄

 去る2007年1月11日、国民会議メンバーによる座談会を開催しました。
 最近、化学物質の管理をめぐる新しい制度が次々と設けられていますが、このような動きは、どのような問題意識のもとに、どうして起きてきたのか、その背景はどのようなものなのか、何が期待でき、問題点は何なのか、私たちNGOの役割などについてお話をうかがいました。

――最近の化学物質の管理をめぐる動きの背景について簡単に説明していただけますか。
中下 これまでは、市場を出回っている多数の人工化学物質の中で、有害であることが判明したものについてそのつど規制するという枠組みでずっとやってきました。でも、人工化学物質は10万種とも言われていて、さらにダイオキシンを典型とする非意図的化学物質があり、複合汚染もあり、個別の規制ではとても足りない、対応できないわけです。管理のための新たなコンセプトが必要ではないか、また、持続可能な社会を実現するために循環型社会システムが必要だと言われるようになったなかで、化学物質についてどう考えていったらいいのかということで、EUを中心に、ここ5〜6年前から新しい動きが進められていました。RoHS規制(註1)と、昨年12月に欧州議会を通過したREACH(註2)がそれです。
――このような制度によって、世界と日本の化学物質政策も変更を迫られるのではないかと思われますね。まずREACHについて、簡単に説明していただけますか?
中下 REACHには大きく二つの柱があります。一つは、既存物質、新規物質を問わず、年間生産量1トン以上の化学物質については、一定の試験を実施して、その届出を事業者に義務づけたことです。いわゆる「ノー・データ ノー・マーケット」の原則(毒性データのない化学物質は市場に出さないという意味)を採用したことです。現在、既存物質(EUでは約10万種)については、データの届出が義務づけられておらず、毒性データのないまま大量に市場に出回っている状況です。REACHが導入されれば、このうち約3万種の物質については、3年から11年かけて段階的にデータの届出、登録が義務づけられます。これは極めて画期的なことです。もう一つの柱は、人や生態系への影響が特に懸念される化学物質(高懸念物質)への許可制の導入です。これらについては、用途別にきちんとリスク管理ができるかどうかチェックされ、許可がないと製造・使用できません。許可には年限が設けられます。こうした許可の対象となる物質は数千に及ぶと言われており、日本の化審法の第一種・第二種特定化学物質数が50にも満たないことと比べると、いかに大変なことかがわかります。このようにREACHは、従来の化学物質管理の制度を抜本的に変更する画期的なものです。
――RoHS規制というのはどのようなものですか。
井上 RoHS規制は電子機器に含まれる有害な化学物質がリサイクルなどの過程で悪影響を及ぼすので、初めから製品中に使わないようにしようという考え方に基づく制度です。規制されているのは6種類の金属系化合物です。なぜ金属系かというと、全く分解せず、一歩間違えれば非常に毒性が強いからです。環境に影響を及ぼし、食物連鎖の頂点にいる人間に悪影響を及ぼすので、電子機器に一番多く使われている物質を対象にして、管理というのでなく使わないことにしたのです。これらの物質は部品に使われているだけではなく、プラスチィックの触媒や塗料、接着剤にも使われていますが、IPC(註3)データを使って分析をした結果も必要に応じて要求しています。電機メーカーに納める塗料・接着剤等は現実にそのようなデータを採らなければならなくなっており、産業界は既に対応しています。
――GHS(註4)という言葉も耳にしますが、これは何ですか?
中下 国連を中心とした取り組みで、世界的に統一されたルールに従って化学品を危険有害性(ハザード)ごとに分類し、その情報を一目で分かるようなラベルの表示や安全データシートで提供するというものです。危険・有害情報を伝えるのに、字が読めない人などにも一目でわかるように、絵表示と文字情報を併用するところに特色があります。
神山 GHSでは、どこに警告表示をつけるかまで決まっているんですか? 日本では警告表示がついていると売れないと言うこともあり、見えにくいところにつけたがりますよね。
井上 色や絵柄は決まっていますが、商品容器のどこにつけるかまでの規制はないし、罰則がないですね。
中下 各国の裁量が大きいんですが、表示のルールを共有化するというのは大進歩だと思いますよ。
 日本では、2006年12月から労働安全衛生法改正により、労働現場で業務用に使われる93物質について分類と表示が義務づけられましたが、一般の家庭用品・日用品などについてはまだ導入されていません。
――こういう国際的な動きは日本にどのような影響を及ぼすのですか。
立川 これはシステムをまるごと変える話ですから、途方もなく巨大な話ですね。そうすると、部分的にどこかを切り捨てたり、持ってきて修正するのは非常に難しい。だから、日本がこれにどう対応するかというのは、政府も産業界もNGOも含めて、けっこう難しいというか気合いがいるんです。まず、経産省は、これが様々な形で関税障壁になったら困るというのが最大の関心事です。環境省は、今、化学物質で非常にガタガタになってますから、この大事なときに対応ができなくなってます。だから、早急に、体勢を立て直してやらないといけないという状況にあるんです。たぶん実際にREACHの細目が決まるこの6月以降、今度は具体的な作業が始まるわけです、10年、15年かけて。で、通産と日本の化学工業会はアメリカと一緒に、OECDのルートを通して、できるだけ日本の産業にダメージがないように抵抗していこうという流れだと思います。
 やっぱり10年ぐらいかかりますからね。期待しつつも、やっぱり今後の進展を、我々は注目しておいたほうがいい。
 電機業界など輸出産業の対応は注目しておいてもよいでしょう。彼等の見解は、EUの規制はいずれ世界貿易の基準になる。無駄な抵抗はしないで早く対応した方がよいというものです。これはREACHを促進する動きになると考えてよいでしょう。
 企業が持っている毒性データは最大の私有財産ですから、絶対出さないです。以前、相当議論したことがあるんですけど、結局出さなかった。ところが、あれは宝の山で、安全性とか毒性を考えようと思ったら滅茶苦茶すごいデータなんです。これが社会共通の財産になったら毒性問題とか安全問題とかは格段に進歩するわけです。我々国民側としては、これは社会的共有財産だ、だから一定の制限はあってもいいけど原則として企業が抱える独占データも公開すべきだ。公開は社会全体のダメージとか、そういうものを結局はミニマムにするんだと言っていく必要がある。そこら辺りのことが当面、気にしていることです。
中下 国際社会ですから、EUのように大きな影響力のある地域がそういうことを始めるということになれば、日本政府、日本の産業界は対応せざるを得なくなりますよね。
神山 国際競争力のある大企業はなんとか対応できるでしょうが、中小企業にどこまで浸透しているのかわからないし、途上国からの輸入品はどうでしょうか。
井上 対象物質が入っているかどうかは、国内のものならまだわかるが、輸入品ではわからないですよ。
中下 わからなければ、中小企業も含めて日本の企業も困る訳で、その意味では地球規模で取り組まなければならない時代になっていると思います。
神山 日本政府も、化審法の枠組みを見直さなければならない時期に来ている。既存物質がどこにどのくらい使われているか誰も把握していないのは問題です。
中下 GHS導入に際しては、日本では表示に関する法律はたくさんあって、それぞれに要件や表示方法が違うので、統一した表示制度にするのはとてもたいへんですが、これを機にぜひとも統合化に取り組んでもらいたいですね。
井上 REACHが出てきたことで良かったのは、日本のGHSもこれでいいのかと、もう1度見直しをする機運になってきています。
神山 もっとわかりやすい制度にしないといけませんね。
中下 日本では、トータルな化学物質管理のシステムがなく、何か問題が起こるとその都度、個別に対応するというやり方でした。REACHは約40の既存の法律を統合したものなんですが、日本でも新たな統合的な化学物質管理のための法律を作っていく必要がありますね。
――産業界はこのような動きに対する反応が早いですよね。どのように動いていますか?
井上 産業界は、全て法規制されるなら真剣に、自主規制ならほどほどでという風ですね。GHSみたいに法律で何日から施行ですということになれば、必死に金をかけてやるが、まあやった方がいいということだとなかなかやらない。シックハウスだとか有機リンの農薬とかは直接被害が次々と起こるので勝ち組になるために真剣にやる。だから意外と自主規制のほうがきちっと進むケースもある。けれど、GHSとかREACHは、直接一般の消費者には見えないので産業界にとっては、まあゆっくりでいいというところでしょう。
神山 アメリカはどういう対応を取っているのですか。
井上 GHSについては、当分は見送りするようです。REACHについてはどういう風にやるか動きを見ながら、徐々に入っていくということでしょう。
中下 日本と同じ対応ですね。むしろ日本がアメリカの真似をしているというべきでしょうか。
井上 ええ。アメリカは「日本にはもう混合物は売らない、原料だけ売ればいい、中国に売るから関係ない」と一部では言っている。だけどそれも一理あって、原料だけのほうが毒性ははっきりする。混合物は、実際に何がどれだけ入っているか、分からないのに、責任は誰が取るんだ、そんな責任を取れもしないことやったって仕方がない。ということです。そういう点ではアメリカは合理的だと思う。
神山 アメリカのようないろんな国から移民を受け入れているような国では、言葉がいろいろだから英語で書いただけではダメなので、絵で見てわかるようにしていますね。もし間違って使われた場合に、その説明が不十分だったら莫大な損害賠償を取られるでしょ。労働安全衛生法じゃなくてPL法的に進んでいるんだと思うんです。日本の家庭用品についてはほとんど警告表示がないでしょう。
 例えば、酸性の洗剤と塩素系の洗剤を混ぜ合わせた時に有害物質が発生して人が死んだことがあって、塩素系の洗剤には全部「混ぜるな危険」というラベルが貼ってありますよね。おそらく警告表示で一番目立つのはあれだけだと思うのです。この表示をどこにつけるかという問題で、経営トップは目立つところにつけたら売れないと言った。そういう点で警告表示が日本は非常に遅れていますよね。
井上 直接消費者の声を聞くと、使い方、用途よりも危険性を表に書けと言う人が多いです。なぜ、危険性を先に出さないのか、よくよく見ると小さい字で書いてある、これではダメです。
――日本で家庭用品についてほとんど警告表示がないのは、法規制がないからなんでしょうか。
神山 いや、法規制がないのと同時に、日本では裁判で負けたら莫大な賠償金を取られるという土壌がないでしょう。仮に事故が起ったとしてもお見舞金くらいで済まされちゃうから、自主的に警告表示をしても勝ち組にはなれない。やはり訴訟社会ではないということも大きな原因じゃないかな。
井上 それと、家庭用品でMSDS(註5)を提出すべきだという意見がありますが、それをやると、有害性だけが浮き上がって、怖いものだという印象を与えるといけないので、経済産業省は、そこまでやらないでおこうと。最近アメリカでは一部化粧品でも必要であれば出す、日本でも一部接着剤では必要であれば提出するという動きがあります。
神山 化粧品は全成分表示になりましたよね。それから添加物も一応原則、全成分表示。けれど、家庭用品は全然ないでしょ。また全成分表示といっても、物質名で表示されてもわからないというのが正直なとこですよね。また含有割合の表示もないでしょ。もともと制度的に危険性を知らしめたくないということが根本にあるんですね。
――物を買っても表示がないものが多いし、書いてあってもなんだかよく分からない。本当に知りたいと思ったら、家庭用品に含まれる化学物質についての情報を収集することはできるのでしょうか。
神山 できません。
井上 日本は、添加剤とか添加物、抗菌剤とか防腐剤等について、「これ何ですか」と聞いてもほとんど公表しない。
中下 答えないですよね、企業秘密ですからと。
神山 末端の製造メーカー自体が、自分が何を使っているのか分からないわけでしょ。それから警告にも強さがあります。死ぬというのから、軽いものまで。だから非常に強く警告しなきゃならないことは、よく目立つようにマークをつける。そういうことを家庭用品も考えなきゃいけないと私は思っています。それから、例えば、手に触れたらよく洗ってくださいとか、目に入ったら目をよく洗ってくださいとか書いてあるけれど、洗わないとどうなるか、たとえば失明しますなどとは書いてないのが問題です。
井上 最近新聞に発表された有機リン問題では、30年前の医学データ・毒性データを使って、別に危険じゃないといまだに工業会は走ってる。農薬もそうです。そこが問題なんですよ。
 ヨーロッパの、特にドイツを中心とする動きを全て見ていると、自国はきちっと守っている。農薬の危険なものはドイツでは全く作っていない、発明してポルトガルとかスペイン、アフリカにもって行く。この構造だとREACHというのはEUだけを守ろうというものになってくる。自分たちだけは絶対に守ろう、そういう発想もウラで読む必要もあるという気もする。ヨーロッパ、特にドイツははっきりしています。
立川 EUはね、日本にとってアメリカよりはるかにモデルになる。でもあまり理想化してもいけません。EUは法律や基準を統一しようとして大変苦労しました。各国であまりにも違いすぎたのです。そこで基本原則をまず合意しよう。基本的なルールやコンセプトはあまり異論はないけれども、具体化するときは、メンバー国それぞれの事情を配慮するという大人の選択をしています。
 例えば、プラズマテレビは鉛をめちゃくちゃ使う。EUではともかくハンダはみんなやめろというので、日本の電機産業は必死で対応した。にも関わらずプラズマテレビは、ビジネスが大きい、諸国民の要望がある以上は当分目をつぶるという。これはまあ、コンセプトの理念は大変すごいけど、現場では結構経済的な、大人の選択というか、現実的配慮をしているのです。我々も理想的なコンセプトだけではなくてその辺も承知しておかないと、REACHを見習えといっても、見習ったら現実で足をすくわれるということになる。
中下 確かにそうだとは思うのですが、REACHは既存システムをドラスティックに転換しようとしています。そうした大きな転換を実現するためには、まずはコンセプトを共有することから始めることはとても大切だと思います。というか、そうしないと実現できないと思う。コンセプトが変わると、方向性も全然変わってきますから、これで何十年経つと、結果としてものすごい違いが出てくる。
神山 日本の農薬取締法に、輸出には適用しないという条文があるように、輸出を規制する国というのはあまりないでしょう。自国で使えないようなものは他国にも輸出しちゃいけない。そういうコンセプトを世界中が共有しなくてはいけない。
中下 ところが日本では、あまりにも現実対応を重視し過ぎて、こんなことは現状ではとてもできないと言ってあきらめてしまう。すぐに対応できないと、何かコンセプトそのものまでを否定してしまうところがある。これが問題だと思うんですよ。
神山 何か問題が起ったらその問題を個別に解決する。それで終わりにする。
中下 それだけ。トータルに物事を考えない。
立川 工業化学物質は、シングルの毒性だけで、複合系のときにどうなるかってことは、REACHでもまだ研究調査しようがないからやっていません。ところが現実の問題は複合汚染しかないわけで、この辺はREACHでカバーできないんです。
井上 大学で化学を学ぶとき、毒物化学をやるのは薬学部ぐらいなんですよね。ほかでは一切教えないのです。これは非常に問題がある。医学部も農学部もすべてそうですが、化学を学ぶ人は、必修でやるべきなんですね。
神山 それから化学の人は生物学をやらないっていいますね。だけど毒性というのは生物に対するものだから、化学物質の性質だけ分かっていても、やっぱり生き物のこと、生態系との関係が分からないと毒性は分からないですよね。
立川 ケミストリーという学問は消えつつあるんです。生物と化学が一体化してますから。
井上 毒性学的なもの、生物、生化学的、生態系への影響だとか、そういったものをもう少し学ぶことが大切です。
立川 それね、教育側から言うと、学部レベルでは教えられないんですよね。相当高度の分子生物学と生物学両方分からないといけない。だから、大学院ぐらいにならないと、そういう教育はできないんです。
井上 シックハウスなども完全にそうですよ。建築側の人たちは上に換気扇つけますが、化学系は下につけろって言うんです。空気の分子量は29、ホルムは30.3で重いんだから。だから建築でも最小限建築で使う材料化学を教えるべきだって僕はね、最近言ってるの。
立川 REACHはどうしても勉強しなくちゃいけないんだけど、NPOとか国民会議とかが、一体何をしたらいいかということになると、これ大きすぎちゃって、どこからやれるかというのが悩ましい。
神山 シンク・グローバリー・アクト・ローカリーというように、小さいところからやっていくしかないと思いますね。
立川 総論はあまりインパクトがないんです。個別化で噴出したものについてこだわって、徹底的にやるっていうのがやっぱり、一番の教育効果があるのではないでしょうか。
中下 しかし、やはりREACHのような全体を見据えた総合的取り組みが大事だと思います。ようやく、経産省でも産構審で議論を始め、中間取りまとめを公表しました。環境省も中環審で2年ぐらいかけて化管法と化審法を含めて総合的な化学管理のあり方を考えると言っています。ようやく国レベルでも総合的な検討の必要性が認識され始めたように思います。
立川 それは本当に結構だけれども、タウンミーティング化を怖れるわけです。基本的な重要な情報は行政なり産業界なりがみんな握ってるわけです。そこからフィルターをかけた情報が出て来る。都合が悪い情報は、どっかでフィルターにかけられちゃっているでしょ。それを国民会議やNPOがどう突破するか、どうやるかっていうのが、僕は一つの仕事だと思ってます。
神山 この前の、アメリカ産牛肉からダイオキシンという報道も大新聞で載せたのはたしか読売だけでしょ。あとは共同通信で地方新聞だけなのね。
井上 群馬の有機リン問題は、朝日、読売、毎日、日経も全く載ってない。
立川 群馬県は特別でしょ。知事がよくやっているから。地方自治体がひとつの突破口だと思う。国のコントロールは難攻だけれども地方自治体なら突破できると思う。
神山 有機リンが取り上げられるまで、長かったですよね。
井上 取り上げられてからは意外と、約3年くらいで一気に進みましたね。
神山 シックハウスとか化学物質過敏症が、社会的に認知されてきているでしょう。ホルムアルデヒドは一応国が認知したから、今度は有機リンでしょうか。やっぱり日本では健康被害が生じないと、制度が動かないですね。
立川 我々としては個別物質の怪しげなところはしっかりやれるので、そういうところを大事にやっていく。それと何か別のメディアが欲しい。
神山 インターネットが使えないか、ですね。
井上 国内はもちろん、海外の専門家と個別にインターネットでやりとりしながら情報を取っていくということも大事です。
立川 政治と具体的なコンタクトをしないといけなくなっている。サイエンスとかテクノロジーがこれだけ膨大なお金を持って国家戦略としてやりだしていると、我々もサイエンスとかテクノロジーを政治の枠組みの中で考えるという意識を明確にしていかないとこの問題にアプローチできない可能性もある。
神山 昔、裁判所で住友化学に対して文書提出命令をもらって、農薬の毒性生データを全部出させたことがあります。だけど、1ページごとに、この裁判以外には使ってはいけないという赤いゴム印が押してある。ひどいなと思ったことがあります。
中下 REACHが実施されれば、企業は化学物質を使う限りはそのデータを出さなきゃならないことになります。ただ全部そのまま公開するという訳ではないようですが……。
立川 デリケートなところは出さなくてすむようになっている。1万の化学物質を検討しても商品になるのはごく僅かです。製品にならなかった膨大な毒性データがある。それがすごい。宝の山だ。それを捨てないで持っているわけです。EUといえどもそこは踏み込めない。今度のREACHの毒性は業界の負担で実施します。政府は人もお金も乏しく、実行は難しい。業界でやるのはしょうがない対応です。
井上 しかし業界でやる以上は、絶対フィルターがかかってくるのです。業界が出してくるデータは一定のフィルターがかかっていると思わざるを得ない。そこが本当に気になっている。
――日本の課題について一言で集約して頂いて、それに対して我々NGOは一体何ができるのかをお話し頂けますか。
中下 日本の化学物質管理制度は、省庁の縦割りの中で個別対策ごとにバラバラにやっているので、基本的コンセプトが明らかになっていない状況です。このようなシステムでは、持続可能でないということははっきりしてきていると思います。したがって、日本でもREACHやGHSをきっかけに統合化を目指していくべきだと思っています。このような省庁の枠組みを超える政策は、個別の省庁ではできないので、NGOの役割が重要です。
 国民会議も含め化学物質に関係するNGOが集まって「新化学物質政策NGOフォーラム」という組織を結成して、「市民提案」というものをまとめたんですけれども、こういうものを、国民会議の会員をはじめ、もっと一般市民の方々にわかってもらうという取り組みをしたいですね。政治家にも、REACHをきっかけに問題意識を持ってもらうために働きかけをしたいと思っています。我々はこれまで何度も総合的な化学物質管理を実現しようと訴えてきました。ようやく行政でも、そういうことに耳を傾けなければいけないという気運は出てきていると思いますから、地道に提言活動を続けていくということはとっても大事なことかと。我々が今まで指摘してきたことが、ようやく少し現実課題となり、日本の法制度の改革につながりつつあるのかなという感触を持っています。
神山 元気になってきましたよね。車には両輪が必要で、政策提言とか国際的な運動と同時に、もうちょっと現実に健康被害に苦しんでいるシックハウスや化学物質過敏症問題など、個別具体的な問題について国民会議として何ができるかということも必要だと思っています。
 それからもう一つ、私は食品プロジェクトにも関わっていて、今、子どもプロジェクトと一緒に、有害金属の子どもへの影響などの学習もやっています。今、社会が少し不穏な状態になってきて、子どもをどうやって育てたらいいのかという不安もあるわけだから、「こうすれば変われるかもしれない」というようなことが見えてくる学習会などもやっていきたい。私たちが直面している問題をひとつひとつ解決するような活動をしていきたいと思っています。
中下 私たちの身の回りで起こっていることを、特に子どもに関して起こっていることを取り上げる中で、化学物質の問題を一般の人に分かってもらえるように語りかけていくことは、今年も国民会議として取り組みたい課題ですね。
井上 行政の政策がなかなか進んでいかない。それでも粘り強く説得し、1人か2人でもいいので、熱心に執拗に固執するぐらいにやっていく人がいれば、けっこう動いていくもんだということを感じています。シックハウスとかCSでも、もう別にいいんじゃないかという雰囲気で、ちょっと下火的になってきている。でもそうじゃない。現実にはもっと起こってきている。化学物質だとかシックハウスとかに絡む裁判もどんどんでてきている。
 最近会社でやる話し合いは、「患者のためにならないから、気をつける」というのと同時に、「こういうことで訴えられないために、いち早く会社の体制を切り替える」。「ただ機能と利益と便利さを売ってる時代は終わった」。安全性重視に早く転換しないと会社が潰れる時代に入った。より安全で、よりいいものを作るという発想を企業が、REACH、GHSをはずみにして持ってくれること、もっと情報を出していかなきゃいけない。だけどそれが継続的になされるためには、喉もと過ぎればっていうことにならないように、NPOなどが持続的に関わっていく、この熱意が大事だと思います。
立川 化学物質の安全については市民運動は自信を持っていい。産業界も、行政も、率先してこの問題に取り組んだのではない。市民の絶えざる様々な運動が今日までの安全性の問題を展開してきたんです。こういう運動がなければ、お役所も企業も動かなかった、そういう面では絶対的な自信を持っていいと思います。
 ただ、昔は、メディアが一緒についてきた。メディアが伝えてくれたことによって国民的理解が広がってきた。最近はメディアがすっかり抑えこまれて、その応援がなくなった。それで僕がこだわっているのは、じゃあ今までの大新聞やテレビのような大きなメディアに代わる、我々の意見を代弁できるようなメディアが何としても欲しいということです。
 何か目の前におきている具体的なことをみんなでやっていく、それをやっぱり社会的な話題にしていくというあたりが、当面は現実的だし、社会的にインパクトがある有効な取り組みだと思います。だから、小さくても目の前に起きた新しい問題を愚直にみんなで取り組んでいくということをしていけば、それにはメディアがのってくるかもしれない。
――私たちのための新しいメディアとしては具体的な構想をお持ちですか?
立川 口コミかもしれない。古典的だけど、集会や勉強会で、1対1で確実に拡がる。IT絡みは広く薄くで、どこかで霧散してます。ITがらみは先方も得意なところです。僕は口コミをうまく組織化できると面白いと思ってるよ。
井上 今のインターネットを使った口コミ。最近では、携帯で何日にこんなのあるって一斉に仲間に流してるみたいですね。これをうまく利用すると、かなり広がりますよ。
――ありがとうございました。

註1:RoHS(ローズ)とは、Restriction of the Use of CertainHazardous Substances in Electrical and Electronic Equipmentの略称。同指令は、EU全域で2006年7月に施行された。電気電子機器を対象に、Pb(鉛)、Cd(カドミウム)、Hg(水銀)、6価クロム、PBB(ポリ臭化ビフェニル)、PBDE(ポリ臭化ジフェニルエーテル)の6つの有害物質の使用量が規制される。 
註2:REACH(リーチ)とは、Registration, Evaluation, and Authorization of CHemicals(化学物質の登録、評価、認可)の略称。予防原則をベースとした、人の健康と環境を化学物質の危険から守るための統合的な化学物質政策。
註3:IPC(アイピーシー)とは、International Patent Classification(国際特許分類)の略称。特許文献の円滑な利用を図ることを目的とした世界共通の特許分類。
註4:GHS(ジーエイチエス)とは、:Globally HarmonizedSystem of Classification and Labelling of Chemicalsの略称。2003年7月、国連からという化学品の分類および表示に関する世界調和システムについてなされた勧告。
註5:MSDS(エムエスディーエス)とは、Material Safety Data Sheet(化学物質等安全データシート)の略称。事業者が特定の化学物質および化学物質を含んだ製品を他の事業者に出荷する際に添付するその化学物質についての情報を記載したシートをいう。化学製品を安全に取り扱い、事故を未然に防止すること目的とする。記載内容は、名称・製造企業名・化学物質の性状・取り扱い方法・危険性や有害性の種類・安全対策・緊急時の対策等。

 

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