ニュースレター 第44号 (2006年12月発行)
記念フォーラム 第1分科会
「子どもの健康・発達と重金属」

講師:東京大学新領域創成科学研究科助教授(*1) 吉永 淳氏

1.子どもの健康、発達と重金属
 子どもの健康や発達と重金属の今日的問題として、胎児期メチル水銀曝露、及び鉛の低レベル曝露という2つのテーマで、吉永淳先生(東京大学新領域創成科学研究科・環境健康システム学助教授)にご講演をいただきました。
@胎児期メチル水銀曝露
a)胎児性水俣病の症状
 神経ネットワークや脳の発達抑制といった神経症状が主であり、精神遅滞、小脳失調、発音障害、多動、斜視、唾液過多といった症状が挙げられ、四肢の変形など成長障害も見られる。後の研究により、母親の頭髪水銀濃度40μg/g(40ppm)程度で発症するとされている。なお、頭髪中水銀濃度と大脳中水銀濃度には強い正の相関関係があることが、他の研究から判明している。
b)母親頭髪中水銀濃度と胎児への影響疫学調査
 水俣における中毒事件のみでなく、71年に死者459名を出したイラクの中毒事件でも、WHOなどにより追跡調査が行われた。それによれば、妊娠中に曝露した母親から生まれた小児には発達遅延が見られ、妊娠時の母親頭髪中水銀が15〜20ppm程度でも影響があると示唆された。この濃度レベルは、魚を多食する文化を持っている私たちからかけ離れた値ではない。今の日本人平均は2〜3ppmだが、漁師など魚を(*2)多量摂取する人は30ppmに達することもあるとされている。(*3)
c)FAO/WHOの暫定週間許容摂取量(PTWI)
 その他、カナダ、ニュージーランド、ペルー、セイシェル、フェロー諸島、ポルトガルなどにおける複数の疫学調査によれば、子どもへの影響の有無の判定が半々となっているが、少なくとも「影響あり」という結果は無視できない。
 このうち調査の信頼性の高いセイシェルとデンマークのフェロー諸島におけるコホート調査の結果を踏まえて、03年FAO/WHOの暫定週間許容摂取量(PTWI:Provisional Tolerable Weekly Intake)が発表された。出生した小児の神経への無毒性用量(母親の妊娠中頭髪濃度として)である12ppm(フェロー諸島)、15.3ppm(セイシェル)との数値から、PTWIは1.6μg/kg(体重)/週が導かれたとされる。
d)厚生労働省によるメチル水銀許容摂取量(05年)と魚介類摂取の目安
 これに伴い厚労省は05年、妊婦の曝露による小児の障害を防止するための許容量として、新たに許容摂取量を2.0μg/kg(体重)/週、14μg/日(体重50kgを仮定)と定めた。この摂取レベルを守るために、妊婦の魚介類摂取量1回約80gとして、週に1回まで(キンメダイなど。後にクロマグロ、メバチマグロを追加)、週に2回まで(マカジキなど。後にミナミマグロを追加)など、頻度による摂取制限の目安が発表された。
 ただし現在、日本人のメチル水銀摂取量の詳細は不明である。平均総水銀摂取量(94〜03年平均)8.4μg/日は、メチル水銀に換算すると5.9μg/日と推定され、メチル水銀としての新基準14μg/日を下回っていること、及び摂取量と感受性のばらつきを考慮しても、一般的には問題のないレベルと考えられる。
A鉛の低レベル曝露の影響について
a)米国疾病管理予防センター(CDC)の子どもの鉛血中濃度の対策規準
 1940年代から、小児期鉛中毒の後遺症として治癒後の行動異常や成績不良などの症状は気づかれていた。しかし、79年Needlmanらにより、乳歯中鉛濃度の高い子どもの知能指数が、濃度の低かった子どもの知能指数より有意に低いという結果が発表され、その後世界各国で行なわれた同様の調査によっても、これを支持する結果が多数報告された。これらの知見をもとにCDCは91年、対策規準として10μg/dLを設定した。
b)CDC対策基準10μg/dL以下でも知能の低下
 ところが03年に、Canfieldらが血中濃度10μg/dL以下でもIQへの影響があること、平均血中レベルが7.4μg/dLの子どもたちの間では血中鉛濃度とIQの間に負の相関があっただけでなく、10μg/dL以下の方がむしろ鉛暴露の影響が大きいことを示した。(*4)
 相次いで報告された知見に基づけば、小児の鉛暴露は知能に影響を及ぼすが閾値が明確でないといえ、CDCの対策規準が今後下方修正されるのは必至であろう。
c)わが国の鉛暴露レベルと対策の現状
 世界に先駆けてガソリンの無鉛化を達成したわが国では、そのせいか、鉛の有害性に対する関心が低い傾向がある。たしかに日本の環境中鉛レベルは低く、ふつうに暮らす限りにおいては、急性・慢性鉛中毒の懸念はないといってよい。しかしいま国際的に問題とされているのは、前述のような低い鉛暴露レベルで引き起こされる、子どもの知能への影響である。海外では子どもの知能と鉛の低レベル曝露の調査研究が大々的に行われている中で、実のところ日本では、鉛曝露の最も一般的な指標である血中濃度すら僅かな報告数しかなく、わが国においては小児の鉛問題に関して関心が向けられて来なかったことが覗える。
d)日本人小児の鉛曝露と今後の対策
 小林らの04〜05年のデータによれば、小児の血中鉛平均濃度は、1.36μg/dLとかなり低く、05年〜06年のわれわれのデータでも1.18μg/dLであり、97年の加治医師らの3.16μg/dLとの値からさらに下がっている。
 しかし鉛の小児IQへの影響には閾値がないともいわれていることから、できる限り曝露レベルを下げておくことが望ましい。一方、わが国の子どもを取り巻く環境には、公園の遊具から剥がれ落ちた錆止め剤などによる鉛を含んだ土壌など、鉛汚染が放置されている事例も当研究室の調査で判明している。また平均は1μg/dLレベルでも、分布の高値側にいる子どもたちについては周辺環境の調査を行ない、鉛暴露レベルを上げている要因の究明とその除去の必要がある。(お詫びと訂正:ご講演いただきました吉永淳先生から、2007年2月28日、報告記述箇所の不正確な点についてご指摘を受け、以下の4箇所を訂正いたしました。*1:(誤)新領域創世科学研究科→(正)新領域創成科学研究科、*2:この箇所にあった「毎日100g以上と」の文言を削除、*3:この箇所にあった「達するとされており、注意が必要である。」を削除し「達することもあるとされている。」との文言を挿入、*4:この箇所にあった「また米国での調査結果によれば〜注意力が劣るとの報告もある。」までを削除。吉永淳先生と読者の皆様に多大なご迷惑をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げます。2007年3月1日、報告文文責:山田久美子)

2.食品プロジェクトチーム報告
 下記の2件に関する諸情報のまとめが報告されました。
@食品に含まれる鉛と摂取量:06年7月農水省が発表した「食品に関するリスクプロファイルシート」によれば、コーデックスやEUの基準値である0.1〜0.5mg/kgに比べ、ほとんどがその1/10〜1/100に留まっている。しかし現在、わが国でも鉛汚染が進行したり、放置されたりしている地域はあると推測され、そのような地域で栽培された農作物中の鉛含有量が高くなる可能性が懸念されている。事実、原因は不明ながら、厚労省の平成16年度研究によれば、地域別鉛摂取量は55.8μg/人/日と沖縄が多く、北海道は0.9μg/人/日と少ないなど、明らかな相異がある。
Aコーデックス委員会総会における食品中のカドミウムの国際基準値の検討結果(H18年7月厚労省、農水省):米の基準値として「精米について0.4mg/kg」とされたのは、これまでの玄米についての基準値と異なり、玄米を削ればどのような汚染米も規準に合致することとなる。また乾燥大豆を対象から除いているなど、極めて問題性の強い規準である。

               (山田久美子)

 

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