ニュースレター 第42号 (2006年9月発行)
講師:古川俊治氏(慶応義塾大学教授) 青山和子氏(環境健康学トランスレーター)

●医師として、弁護士としての専門家のお話(古川俊治氏)
1 化学物質による疾患の概念
 現在、化学物質過敏症(Chemical Sensitivity。以下、CS)といわれる病態は、狭義のいわゆるシックハウス症候群と、多種化学物質過敏症(Multiple Chemical Sensitivity。以下、MCS)の二つに大別されています(ただし、狭義のシックハウス症候群からMCSに進行することは多いです)。
 狭義のシックハウス症候群とは、主として建材に含まれる特定化学物質への慢性曝露を原因として、一定耐用量(閾値)を超える特定化学物質に再接触することにより発症する症状を指し、発生の機序についても一応の定説があります(個々人の肝臓の解毒機能を超えるのが原因。同一汚染環境でも発症に個人差があることも説明できます)。
 これに対して、MCSは、特定または多種の化学物質への急性または慢性暴露を原因として、低濃度の多種の化学物質に再接触することによって発症する症状を指します。ひとたび暴露すると、多種のしかもわずかな化学物質との再接触でも発症するため、被害は深刻となります。病態に関する科学的根拠はいまだ不十分で、発生機序は仮説段階です(アレルゲンは、特定の受容体にしかつかないため、アレルギーのような機序では説明がつかない)。そのため、狭義のシックハウスは、一定程度疾患として認められているものの、MCSは、疾患概念としては認められていないのが現状です。しかし、現象としては、「switch現象(時間経過とともに症状が変化)」「spreading現象(症状の拡大)」「両極現象(汚染化学物質からの離脱時にも症状が出現)」が認められ、また、一般に化学物質の臭気に対する過敏性も認められます(大脳辺縁系異常ではないかとの仮説があります)。
 なお、臨床検査としては、q電子瞳孔径検査、w眼球運動、eコントラスト検査等が、治療法としては、原因物質からの隔離、生活指導や軽い運動ビタミンの投与による身体状況の改善と有害物質の排出が考えられています。
2 化学物質過敏症訴訟における証明
   ――訴訟上の問題点
 被害者が住宅販売業者に対して不法行為責任を問うケースが多いそうですが、主な争点は以下の4つです。
 まず、症状の存在については、一般的に肯定されるようです。
 他方、因果関係については、証明が困難な場合が多いようです。1で述べてきたように、CSの医学的解明が十分でないため、疾患とみることがいまだ否定的に評価されるからです。近年の裁判例では、必ずしも医学的な証明を要求せず、証明の困難性はかなり緩和されています(横浜地判H10.2.25判時1642号117頁、札幌地判H14.12.27)が、MCSの場合、患者が多種類の化学物質に暴露されて発症しており、それらの多くの毒性は不明で、原因物質を特定することが難しいため、やはり因果関係の証明には困難が伴うようです。
 次に、過失については、予見可能性や結果回避可能性が必要ですが、狭義のシックハウス症候群について、特に建材については、過失を認める社会的背景が整ってきているようです。他方、MCSの場合、先に述べたように、原因物質を特定することが難しい場合が少なくなく、過失を認めるには困難が伴うようです。
 損害については、当面現存している症状(検査費用や慰謝料等)については損害と認めるものの、長期間の慢性的病態である「化学物質過敏症」について(長期にわたる入院・治療費、逸失利益等)は、認められてきてはいないようです。MCSについては、保険の適用も認められておらず、高額な医療費の自費負担を迫られることからも、被害者救済の点で極めて問題があるといえると思います。
3 最後に、古川氏は、以上の議論を前提として、薬事関係の規制(製造販売後安全対策、製造物責任の医薬品への適用に関する平成5年の中央薬事審議会部会報告書、医薬品副作用被害救済制度)の考え方の利用を考えるべきではないかと提言されておりました。

●専門的なお話から、体験としてのお話へ(青山和子氏)
1 まず、お話しいただいたのは、青山氏のCS発症の経緯です(人によって経緯、症状は異なるので、あくまで青山氏個人についてのお話しであることに留意して下さい)。
 発症は、ある日突然訪れるそうです。そして次から次へとにおいに対する過敏症の症状が現れたのですが、実は、子どもの頃から下地はあったとのことです(人ごみの中で気持ち悪くなる経験。おそらく衣服についた防虫剤)。人によっては、いつの頃から発症したか分からないとおっしゃる方も多いそうです。
 次に、症状ですが、どこか一箇所なんてことはありえず、全身に症状が出るそうです。特にやっかいなのが精神面に起こる症状で、話しをしていて途中で自分がなにを言っているか分からなくなり、3カ月ほどは家事もなにも出来なくなってしまったそうです。
2 では、一度CSになったら、もう治らないのでしょうか? 青山氏は、大抵の方は、普通の社会生活に対応できるようになるといいます。しかし、そのためには、逃げてはダメであるとも。逃げるのではなく、どのように対応するかを身につけなくてはなりません。そのための、key wordは7つあります。q脱化学物質、w情報収集、e反応原因の理解と分析、rサポーターは多いほどよい、t創意工夫の毎日、y耐性をつける、u心の持ち方を学ぶ、です。このうち特に印象的だったのは、rです。家族の協力は不可欠だが、ある意味、最大の被害者と言えるので、理解を得るのが難しいそうです。それがストレスや孤独感につながってしまうそうで、とても難しい問題だと感じました。
3 子どもに関して特に注目すべきは、CSは特異体質であろうがなかろうが誰でもなりうるということ、それは生活環境が大きな背景にあるということ、そして、化学物質は、空気より重いものが多く、床に近いところにただよっているという事実です。大人と違い、子どもは床に近いところにいるので曝露の危険が、考えている以上に高く、曝露に対する許容量も少ないです。しかも、子どもの段階でCSになると回復が大変難しいそうです(訴えが正確でないため、うまく対処できないことも一因)。だから、子どもに対しては、大人以上に配慮しないと、被害は深刻で大きいといえます。なお、電磁波があふれている昨今、電磁波過敏症からCSになることが多いとの指摘も見逃せません。
 最後に、青山氏は、次世代に残す大切なものを3つ挙げられました。それは「清浄な空気、生命の水、そして、安全な衣・食・住」。それは人間にとって不可欠なもの。消費者が望まないと業者は変わりません。不必要な化学処理をしない物を消費者が選び求めていくことで、業者の行動を変えていく。それが、将来の世代に責任を持つ、私達大人が「いま」しなければならないことなのだと、強く感じました。

(子どもプロジェクトチーム・尾谷恒治)

 

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