連載第1回:【環境ホルモン研究の最先端】
BPA類似化合物の生態毒性とエストロゲン活性の複合作用
熊本県立大学教授 有薗 幸司
●はじめに
ビスフェノールA(BPA、2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)プロパン)は、年間約40〜50万t製造・輸入され、そのうちの約9割がポリカーボネート樹脂とエポキシ樹脂の合成原料として用いられている。その他にポリエステル樹脂の中間体、難燃剤の合成原料、塩化ビニル樹脂の添加剤等に用いられている。BPAを使用したポリカーボネート樹脂は、CDやDVDの基盤などのOA・光学用途、道路の防音壁などのシート・フィルム用途等に、またポキシ樹脂は塗料や接着剤等に用いられ、BPAを合成原料とした製品は非常に広範囲に用いられている。そのため、BPAは食物及び水環境中広範囲に検出され、エストロゲン作用をはじめとした多くの生物活性が報告されている。このBPAに対して、法律等による規制や管理促進が行われている。平成13年に施行された特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律では、BPAは生産量と生態への影響を理由に、第一種指定化学物質とされ、排出量および移動量の届出、化学物質等安全データシート (以下、MSDS:Material Safety Data Sheet) の提供が義務づけられた。また、同法第3条に基づき、「指定化学物質等取扱い事業者が講ずべき第一種指定化学物質等及び第二種指定化学物質等の管理に係る措置に関する指針」が公表され、関連する事業者はこれに留意して化学物質管理の措置を講じることが求められている。また厚生省(現厚生労働省)からは、平成6年1月に食品衛生法第10条に基づき、「食品、添加物等の規格基準の一部改正について」の通知が告示され、ポリカーボネート樹脂からのBPA (フェノール及びp-t-ブチルフェノールを含む)の溶出限度としての規格基準が2.5ppmに規定された。また、同通知により、材質試験(材質中に含まれる量をはかるもの)におけるBPA(フェノール及びp-t-ブチルフェノールを含む)の基準値は500ppmに規定されている。近年、代替物としてBPAと構造の類似した化合物(BPA関連化合物)も利用されているが前述したようにBPA関連化合物の製造は年々増加しているため、そのリスク管理が進められているが水環境中へのこれらの化合物群の排出量は増加することが憂慮され、広範囲で検出される環境化学物質となることが危惧される。
環境中には様々な化学物質が混在し、水環境中でも水生生物は複数の化学物質に同時に曝露される可能性も考えられる。多くの環境化学物質は単独では生体に影響を及ぼさない濃度であっても、複合されることによって生体へ悪影響を及ぼす可能性は十分考えられる。イボニシのインポセックス(有機スズ)、ローチの雌雄同体化(ノニルフェノール・エストラジオール)、アリゲーターのペニスの矯小化(ジコホール:有機塩素化合物)のような特有の化学物質に起因するとされる生態異常、生殖異常の報告例は数多いが、これら化学物質の複合影響に関する知見は乏しいのが現状である。
本稿ではメダカを用いたBPAとBPA関連化合物群の生態毒性について複合影響を含めて著者らの研究を概説する。
●BPAとBPA活性代謝物
BPAは成熟した生体に入ると、通常は水溶性を高めるためグルクロン酸抱合体となり尿から体外に排出されるとされている。しかし、ラットの肝臓成分を用いたin vitro試験(生体内を模倣した試験管内試験)でBPAの代謝物のエストロゲン活性がBPAの数倍に増加する事実をもとに、グルクロン酸代謝経路が未発達なラットやヒトの胎児においては、BPAはそのままか活性代謝物に構造変化する可能性が指摘されている。この活性代謝物は4-メチル-2,4-ビス(p-ヒドロキシフェニル)ペント-1-エン(MBP)と同定され、単独でBPAの数百倍から数千倍のエストロゲン活性を示すことがヒトのエストロゲン受容体を発現させた形質転換酵母やヒト乳がん由来細胞MCF-7を用いたレポーター・アッセイなど数種のin vitro評価法によって明らかにされている。
表1
Summary of the early life stage and estrogenic effects of MBP and BPA on medaka |
| Endpoint |
Test concentration |
|
|
(μg/l as nominal values) |
|
|
MBP |
BPA |
| Effects on survival |
|
96-h LC50 in larvae |
1640 |
13900 |
|
14-d LC50 in embryos |
1780 |
14800 |
| Effects on hatching |
|
LOEC at 14 d in embryos |
2500 |
12500 |
|
NOEC at 14 d in embryos |
1250 |
6250 |
| Effects on estrogenic activity |
|
21-d LC50 in adult |
63.4 |
>2000 |
|
GSI at 21 d |
>111.1 |
>2000 |
|
HSI at 21 d |
37.0 |
>2000 |
|
VTG production at 21 d |
4.1 |
1000 |
| LOEC = Lowest-observed-effect concentration. |
| NOEC = No-observed-effect concentration. |
表2
Effect on the early life stage of BPA-related compounds in medaka |
| Chemicals |
Oryzias latipes |
| larvae |
embryos |
| 96h-LC50(mg/l) |
14d-LC50(mg/l) |
| BPA |
13.9 |
14.8 |
| MBP |
1.6 |
1.7 |
| BPB |
6.1 |
7.4 |
| BPE |
13.9 |
26.0 |
| BPF |
13.3 |
28.6 |
| BPP |
2.3 |
2.8 |
| MBBO |
48.0 |
10<x<100 |
| 10<x<100 represent within this range the LC50 value |
著者らはメダカ受精卵を用いた胚の孵化阻害・遅延試験(受精後12時間以内の胚を用いて各化学物質による14日間の単独曝露を行い、24時間ごとにふ化及び死亡を観察し、14日目までの死亡率から14d-LC50値を算出)やメダカ仔魚を用いた96時間50%致死(LC50)影響試験(孵化後24時間以内の仔魚を用いて各化学物質による96時間の単独曝露を行い、96時間後の生存率から96h-LC50値を算出)を行い、MBPはBPAと比較してそれぞれ約10倍及び5倍程度高い生態毒性を示すことを確認している(表1)。
併せてMBPはオスメダカ肝臓VTG産生能についてもBPAと比較して約250倍強くより高い生物濃縮能も持つこと、センチュウ致死影響試験でも、BPAに比して MBPの生態毒性が強い事実も見出した。一方で、MBPが光により容易に分解されることも明らかにした。この事実からBPA代謝物のリスク評価として、MBP光分解生成物の生態系への影響を考慮すべきと考えられるが現在のところその情報は皆無である。MBPは過去にBPAの工業原料へ混入していた可能性も指摘されており、BPAより強い生理活性をもつMBPが直接性体内へ取り込まれていた可能性や憂慮されているBPAの生物活性がその微量混入物に起因している可能性も否定できない。
●BPA類似化合物および光分解生成物のエストロゲン活性
BPF、BPE、BPB、BPPなどBPA類似化合物(図1、次頁)がBPA代替物として用いられているが、これら化合物群の毒性影響評価やエストロゲン作用など生物活性については知見が少ない。そこで、我々はBPA関連化合物(BPB、BPE、BPF、BPP)及び前述した光分解生成物3-メチル-1,3-ビス(4-ヒドロキシフェニル)ブタン-1-ワン(MBBO)の生態影響評価(メダカ初期生活段階の胚及び仔魚を用いた毒性影響)を行った。加えて、エストロゲン活性を酵母two-hybrid法によるin vitro試験及び雄成魚における肝臓中エストロゲン応答遺伝子を指標としたin vivo試験(生物個体を用いた試験)から評価した。
メダカ胚孵化阻害・遅延試験では、14d-LC50値はそれぞれ、BPA:14.8mg/L、BPB:7.4mg/L、BPE:26.0mg/L、BPF:28.6mg/L及びBPP:2.8mg/Lと算出され、メダカ仔魚96時間急性毒性試験では、96h-LC50値はそれぞれ、BPA:13.9mg/L、BPB:6.1mg/L、BPE:13.9mg/L、BPF:13.3mg/L 及びBPP:2.3mg/Lと算出された。これらの結果より、BPP>BPB>BPA>BPE>BPFの順で強い魚毒性を示した。BPA関連化合物の構造は、BPF、BPE、BPB、BPPの順でメチル基が1つずつ増えており、魚生態毒性影響はメチル基数が増加するほど強くなることが示唆された(表2)。

メダカERα遺伝子を組み込んだ組み換え酵母を用いた酵母two-hybrid法によるエストロゲン活性試験でECx10値を算出し、これらECx10値の逆数からE2のエストロゲン活性値を100として相対活性値を算出した。結果は、BPF>BPB>BPA>BPP>BPEの順であり、BPF及びBPBはBPAと比較して2倍程度強いエストロゲン活性を示した(表3)。ヒトERα遺伝子を組み込んだ組み換え酵母では、BPB>BPP≧BPA、BPE、BPFの順で強いエストロゲン活性を示すことが報告されていることから、ヒトとメダカではERα受容体に対するエストロゲン活性には種間差がみられた。また、メダカERαでのMBBOのECx10値は12.5 ng/mL、相対活性値は:1.10と算出され、BPAと比較して18倍程度強いエストロゲン活性を示すことが明らかとなった(表3)。
表3
Estrogenic activity in vitro assay |
| Chemicals |
humanERα |
medakaERα |
| ECx10(g/ml) |
E2 equivalent(mg/g) |
ECx10(g/ml) |
E2 equivalent(mg/g) |
| E2 |
2.72×10−11 |
―(100) |
1.38×10−10 |
―(100) |
| BPA |
2.24×10−7 |
0.13(0.01) |
2.19×10−7 |
0.91(0.06) |
| MBP |
5.37×10−10 |
53.79(5.07) |
4.25×10−10 |
408.36(32.46) |
| BPB |
4.16×10−7 |
0.068(0.01) |
1.42×10−7 |
1.23(0.10) |
| BPE |
5.36×10−7 |
0.055(0.01) |
5.18×10−7 |
0.33(0.03) |
| BPF |
3.73×10−7 |
0.077(0.01) |
1.03×10−7 |
1.80(0.13) |
| BPP |
2.80×10−7 |
0.112(0.01) |
2.92×10−7 |
0.53(0.05) |
| MBBO |
2.76×10−7 |
0.107(0.01) |
1.25×10−8 |
11.85(1.10) |
|
Values in parenthesis mean relative estrogenic activity of E2; 100 |
さらに、BPA、BPB、BPE、BPF、BPP及びMBBOのin vivoでのエストロゲン作用を確認するために、雄メダカ成魚の肝臓中エストロゲン応答遺伝子(ER-α、ER-β、VTG1及びVTG2)発現を調査した結果BPA:8mg/L、BPB:0.250mg/L、BPE:8mg/L、BPP:2mg/LでER-α及びVTG1の有意な発現誘導がみられた。BPPはメダカ肝臓において代謝活性化され、エストロゲン作用が増大することも考えられ今後詳細に検討が必要と考えている。また、MBBOもin vitro試験においてBPAよりも約18倍程度高いエストロゲン活性を示し、in vivo試験においてもエストロゲン応答遺伝子発現の上昇傾向がみられたことから留意する必要があろう。
今回調査したBPA、BPB、BPE、BPF、BPP及びMBBOはエストロゲン活性を有し、一部の化合物はBPAと比較して強い急性毒性及びエストロゲン活性を示すことが明らかとなった。これらBPA関連化合物の生態影響及びエストロゲン作用の有無についての知見は少ないが、BPA含有水の排水処理過程や塩素処理で塩素化BPA、果物ホモジネート中で生成する水酸化BPAなどのBPA関連化合物の生成が知られている。今後、MBP以外のBPAの代謝物や混入物についても生理活性のみならずその生分解性や蓄積性を含め環境中における挙動を調べその環境負荷量を確かめる必要があるかもしれない。
●メダカの胚・仔魚へ及ぼすエストロゲン化合物の複合影響
著者らはメダカを用いて、BPAに加え環境中でもしばしば検出するエストロゲン様物質オクチルフェノール(OP)及びエストラジオール-17β(E2)の3種の化学物質を用いエストロゲン活性を持つ化学物質の複合影響評価をメダカの初期生活段階である胚・仔魚へ及ぼす複合毒性影響試験を行った。
単独曝露試験から得られたそれぞれのLC50値(BPA:15mg/L、OP:0.5mg/L、E2:1.2mg/L)を、BPA+E2、BPA+OP及びE2+OPと2物質ずつの組み合わせで100:0、75:25、50:50、25:75、0:100(%)の混合比で複合毒性試験を行い、受精後12時間以内の胚を用いて各混合比で14日間の単独曝露を行い、24時間ごとにふ化及び死亡を観察した。その結果、BPA-OPの組み合わせにおいて相加的な作用を示しBPA-E2、E2+OPの組み合わせでは、相加以下の作用を示した。
また、仔魚を用いた複合毒性試験では、孵化後24時間以内の仔魚を用いて、各物質の96h-LC50値(BPA:13.9mg/L、OP:0.7mg/L、E2:3.4mg/L)に相当する溶液を胚と同様の比率で混合し、96時間の単独曝露を行った。24時間ごとに死亡の観察を行い、14日目までの死亡率をグラフにプロットし、曝露後の各混合比における死亡率の結果をプロットしたグラフの形状から評価した。その結果、BPA-OPの組み合わせにおいて、相加以下の作用を示し、BPA-E2、E2+OPの組み合わせでは、相加以上の作用を示した。エストロゲン化合物の複合毒性は胚で相加以下の作用を示し、仔魚においては相加以上と胚と仔魚で全く逆の効果がみられ、メダカ初期生活段階であってもその生育ステージで全く異なっている可能性が示唆された。
●最後に
一般市民の要望に呼応する形で推進された内分泌撹乱関連の産官学の多くの取り組みの成果の有益な情報は、肝心の一般市民には十分に理解できる形で情報提供されておらず正当に評価されているかは疑問である。加えて、内分泌撹乱物質問題がもたらした成果として、以前に比べて格段に資質向上した市民の化学物質への知識・意識向上があるにもかかわらず、BPA以上に憂慮されるBPA類似化合物やBPA代謝物、さらに内分泌撹乱に関する新規の化学物質群の集積されたリスク情報群については、市民へのリスクコミュニケーションは皆無の状況に近い。今後、いかに内分泌撹乱作用についてのup to dateな化学物質のリスク情報を市民へ情報提供し、市民や生態系を守る行政のリスク管理へ寄与できるのか、新らたな産官学の取り組みは今後の大きな課題であろう。
(ありぞの こうじ:薬剤師、薬学博士、環境共生学部食環境安全性学講座)
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