ニュースレター 第40号 (2006年4月発行)
国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチについて

環境省環境安全課 戸田 英作

 2006年2月7日午前零時過ぎ、アラブ首長国連邦のドバイで開催された国際化学物質管理会議(ICCM)に集まった百数十カ国の政府代表と、国際機関、産業界、労働界、市民団体などからの参加者は、「国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ」を全会一致で採択しました。
 英語では「Strategic Approach to International Chemicals Management」、略してSAICM(サイカム)と呼ばれます。SAICMは、2020年までに化学物質が健康や環境への影響を最小とする方法で生産・使用されるようにすることを目標とし、科学的なリスク評価に基づくリスク削減、予防的取組方法、有害化学物質に関する情報の収集と提供、各国における化学物質管理体制の整備、途上国に対する技術協力の推進などを進めることを定めたものです。
 この小文では、SAICMのあらましと、今後の動きについて紹介します。
1.背景と経緯
 化学物質の管理についての国際的な文書は、今回が最初ではありません。OECD(経済協力開発機構)における化学物質有害性評価などの取組は1970年代に始まっており、1992年の地球サミットで採択された行動計画「アジェンダ21」は、化学物質の管理に一つの章を割いて詳述しています。これをフォローアップするため、1994年に「化学物質の安全性に関する政府間フォーラム」(IFCS)が設立され、会合が4回開催されました。
 しかし、途上国における化学物質の生産・使用が増大する中、化学物質の管理に関する対処能力の南北格差は広がりつつある状況にあります。数多くの化学物質の有害性評価・リスク評価のほとんどはOECD諸国で実施される一方、途上国においては、輸出入管理体制の未整備により有害化学物質の不法な取引が大きな問題となっています。
 SAICMは、こうした課題に対応し、これまでの国際的なイニシアティブをさらに発展させる形で策定されたものです。3回にわたる準備会合やICCMには、各国代表のほか多くの非政府機関も参加し、我が国からも、環境省、外務省、経済産業省等の担当官のほか、日本化学工業協会やWWFジャパンの代表が出席されました。会議文書はすべてウェブサイト(http://www.chem.unep.ch/saicm/)に公開され、議論の様子もNGOのニュースレター“Earth Negotiations Bulletin”(http://www.iisd.ca/)により、逐一世界に発信されました。
2.主な論点
 SAICMを構成する3つの文書の概要は、図に示すとおりです。文書の仮訳は、環境省ウェブサイト(http://www.env.go.jp/chemi/saicm/index.html)に掲載していますので、本稿では、SAICMの内容について詳細に解説することはせず、国際交渉の過程での主な論点について紹介します。
 SAICM策定における最大の論点の一つは、「原則とアプローチ」の箇所です。2005年の第3回準備会合で、予防(Precaution)、代替(Substitution)、未然防止(Prevention)、ライフサイクルアプローチなど、さまざまなキーワードを文章化する議論が始まりましたが、多くの用語はこれまで国際的に定義されたことがなく、連日の深夜に及ぶ討議も一向に収束しませんでした。議論のための小グループでは、1992年のリオ宣言で定義されている「予防的取組方法」のみを別の箇所に記載し、あとはリオ宣言等の様々な国際文書を参照する形にするとの案がまとまりましたが、これも会合最終日の夜遅くに総会に提示されたため、時間切れとなりました。このため、我が国は、これまでSAICMの議論をリードしてきた国の一つであるカナダ等との共同提案の形で、第3回準備会合の小グループ案をICCMに提出し、この方向で文書が決着しました。
 途上国や移行経済国にとっては、「財政的考慮」の箇所が最大の関心事で、例えば、「途上国の取組は先進国からの支援に依存している」といった文言の追加を求めてきました。しかし、我が国を始めとする先進国グループは、このような記述は途上国の自助努力の必要性を軽視するものとの議論を展開しました。議論が難航する中、欧州諸国より、途上国において当面の取組を開始するための支援として、「クイックスタートプログラム」を設立することが提案され、スウェーデン、スイス、英国等はこのための信託基金への拠出を表明しました。我が国は、POPsモニタリングや有害廃棄物の国際移動の防止などの既存プログラム、今年度から開始する国際的有害金属対策予算等を活用し、具体的なニーズに応じた国際的取組を進めることとしています。
3.SAICMの今後
 SAICMは、多くの分野にわたるため、ICCMでの採択の後、関係する多くの国際機関に承認のため提出されることになっています。そのための最初として、ICCMに引き続いてドバイで開催されたUNEP特別管理理事会に提出され、承認されました。世界保健機関(WHO)や国際労働機構(ILO)などにも、同様に承認のため提出されます。
 SAICMは、各国政府を始め、国際機関、市民社会、産業界などのさまざまな主体が、自らの問題として実施に取り組んでいくべきものです。我が国においても、2006年4月7日に閣議決定された第3次環境基本計画において、SAICMに沿って国際的な化学物質管理に取り組んでいくことを定めたほか、SAICMが掲げる科学的リスク評価に基づくリスク管理、予防的取組方法、ライフサイクルアプローチなどの考え方を環境基本計画の基本的な考え方として位置づけています。SAICM策定過程では、関係省庁担当者連絡会議を随時開催していましたが、今後とも、関係省庁の連携をさらに進めていきます。さらに、産業界や市民団体とも協力していくため、2月21日に開催した第17回化学物質と環境に関する円卓会議で、SAICMを受けた今後の化学物質対策について意見交換を行ったところです。今後とも、各界各層との連携を図りながら、化学物質管理の取組を進めていきたいと考えています。

※本稿執筆後、SAICM国内実施計画に関する意見募集が始まりました。詳しくは上記環境省ウェブサイトまで。

 

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