総会記念フォーラム 第2日目 記念講演会 記念講演
「環境生殖学入門−環境ホルモン問題の現在−」
講師:東京大学医学部産科婦人科 堤 治教授
●環境生殖学とは
「環境生殖学」は、環境ホルモンの脅威を説くものではなく、今まで存在しなかった物質とヒトの生殖機能の関係を学んでいこう、というものです。薬も過ぎれば毒になるという意識は広く定着してきていますが、環境生殖学では、毒も使いようで薬になるという発想の転換をはかります。
●生殖の仕組みと女性の病気
女性のライフサイクルを考えてみましょう。ホルモンのコントロールで排卵された卵子と射精された精子が、卵管で受精し、生命が始まります。子宮への着床、子宮内膜の調整、出産にもホルモンの働きが重要です。誕生した赤ちゃんの多くは母乳で育ち、やがて思春期になると、排卵し、ホルモンを出し、月経が始まります。
この女性が世代を超えて繰り返すライフサイクルをコントロールするホルモンの代表がエストロゲンです。ところが卵子を育てる卵胞液や精液が、エストロゲンの作用をかく乱するダイオキシンなどの環境ホルモンに汚染されていることがわかっています。そして、環境ホルモンによって、子宮内膜症や子宮ガンなどの異常が引き起こされているのではないかと疑われています。
子宮内膜症とは、子宮の内側にあるべき膜が、子宮の外側にできてしまう病気です。東大病院の分院の手術記録によると、子宮内膜症の手術は、1960年代には100人にひとり程度で珍しい病気だったのが、2000年代には3人にひとりにまで跳ね上がりました。東大病院の分院での子宮内膜症の治療がメディアで取り上げられるようになったこともあり、その点でバイアスのかかったデータではありますが、それを差し引いても異常といえる増加です。
子宮内膜症は、エストロゲン依存性疾患ですから、月経の回数が関与します。昔のように、16歳で初潮をむかえ、20代のうちに二人の子どもの妊娠・出産・哺乳をすると、30歳での月経は96回程度です。ところが、最近は初潮が12歳に早まっていますし、30歳で未婚だとすると、月経は216回と、昔に比べて2倍以上、エストロゲンに被曝していることになります。
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生命の始まりから終わりまで、女性のライフサイクル全般に作用する性ホルモンの代表がエストロゲンである。環境ホルモンがエストロゲン作用を攪乱し、様々な異常を引き起こしているのではないかと考えられている。男性では、環境ホルモンのエストロゲン作用と性ホルモン(アンドロゲン)作用の攪乱が問題になる。
堤治教授「環境生殖学入門」朝日出版社
102ページより引用。 |
●次世代への影響
精子、卵子、胎児が環境ホルモンに汚染されると、次世代の子どもたちに影響があります。モカレッリ教授のイタリア・セベソのダイオキシン被害の調査では、男性の被曝量が次世代の男児の比率の減少に関連性があることが指摘されています。1950年以降、欧米諸国や日本でも性比が変化しています。セベソに比べればわずかではありますが、現代一般人がダイオキシンに汚染されている事実から、性比の変化を説明することは可能かもしれません。
また、注意欠陥多動症(ADHD)は、「キレる」ことと関係づけられて語られますが、男の子に多く、脳のネットワークに障害があることが原因と推定されています。実験では、ビスフェノールAを投与されたマウスから生まれた雄の子はよく動き回ります。他のマウスの実験でも、胎児期のビスフェノールAへの被曝による行動の異常が報告されています。
一般に化学物質はたとえ薬であっても、量が多くなれば毒性を持ちます。環境ホルモンも大量に摂取すれば、毒として働きます。ただし、環境ホルモンが問題となるのは、今まで考えてこられたような毒性量ではありません。きわめて微量で引き起こされる作用についてです。「低容量」作用といって、食べ物や水などの環境中やわれわれの体内に普通に蓄積しているレベルでの問題です。
●おわりに
環境ホルモンという未知の物質との遭遇は、人類の叡智が発揮されれば、生命の仕組みの理解や疾患の治療・創薬(治療薬の開発)への糸口を提供する可能性もあると思います。他方、現代に生きるわれわれが環境ホルモンの持つ危険性を見逃してしまえば、人類の近い未来に災いを招くことになることも容易に想像されます。今ここで判断を過てば、人類の未来に大きな禍根を残すというような危機感をもって、環境ホルモン問題に取り組む必要があると思います。
〔広報委員会記〕
Q ダイオキシンは体内残留性が高くて半減期が10年です。普通の人は10年間つまり10歳年をとると、体内のダイオキシン量はどう変化するでしょう。
1)減る 2)わずかに減る 3)変わらない 4)わずかに増える 5)増える
A 答えは5番です。既に体内に蓄積されたダイオキシンは半分に減りますが、減る量よりも、食品等から新たに取り込まれる量が多いため、結局は増えることになります。
Q 喫煙と子宮内膜症や子宮体ガンの発生で解っていることがあります。タバコを吸う人の、子宮内膜症、子宮体ガンのリスク、つまり病気になりやすいかについて、どうなると思いますか。
1)どちらにもなりやすい 2)どちらにもなりにくい 3)かわらない 4)子宮内膜症は増え、子宮体ガンは減る 5)子宮内膜症は減り、子宮体ガンは増える
A 答えは2番です。子宮内膜症と子宮体ガンの両方のリスクが減ります。喫煙によってリスクが減るガンもあるのです。ただし、喫煙した場合は、肺がんのリスクがずっと高くなりますので、喫煙することをお勧めしているわけではありません。 |
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