| 「アスベスト対策基本法」(仮称)の立法提言について
国民会議事務局長 中下 裕子
●「静かな時限爆弾」―アスベスト
今、アスベストによる健康被害が大きな問題となっています。アスベスト被害の特徴は、30〜40年という長い潜伏期間、その間特に自覚症状がなく突然発症に至ること、発病すると有効な治療方法がなく死亡率が高いことにあります。こうした特徴から、アスベストは「静かな時限爆弾」とも呼ばれています。
潜伏期間の長さから、アスベスト被害者数は今後も増大すると予想されています。中皮腫だけでも死亡者数は2040年までに約10万人にも達するとの予測があります(肺がん患者は中皮腫よりもずっと多いといわれています)。この数字は水俣病をはるかに上回るものです。
アスベストによる被害者は、アスベストを取扱う労働者や工場の周辺住民だけに限りません。アスベストは、天井や鉄骨の吹き付け材をはじめ、屋根のスレート板や建材、断熱材、防音板、台所や浴室の一部、自動車のブレーキ、電気こたつ・ヘアドライアーなどの電気製品に至るまで、3000を超える種類の製品に使われており、劣化・損傷や改修により飛散して、私たちの誰もがアスベストに触れる可能性があるのです。
●国の対策の遅れ
皆さんの中には、アスベスト問題は既に終わったのではなかったのか、と思われた方も少なくないのではないでしょうか。確かに、過去、何度かアスベスト問題が取り上げられました。近くは1987年頃にも、学校のアスベスト・パニックが起きています。しかし、国の対策はその場しのぎの対応に終始し、アスベストの使用禁止や完全除去といった抜本的措置は講じられなかったのです。
国際的に見ても、わが国の対策の遅れは明らかです。1980年代から90年代にかけて、諸外国では、もはやアスベストの「管理使用」は不可能であるとして、「使用禁止」へと大きく転換しました。ところが、日本は、あくまでも管理使用可能との姿勢を取り続け、全面使用禁止の方針を掲げたのは、ようやく昨年10月のことでした。1986年に採択されたILO条約にも反対の立場を取り続け、同条約を批准したのは、採択後19年を経た本年8月のことでした。
●対策の遅れの原因
こうした遅れの原因は、まず第一に、産業優先・人命軽視の姿勢や意思決定にあったと言わざるを得ません。このような姿勢は、水俣病など過去の公害事件にすべて共通しています。そして、それは、残念ながら今もあまり変わってはいません。先般、今回のアスベスト問題が起きた後で、それに対処すべく設置された環境省の検討会の座長に、業界団体である日本石綿協会の顧問を長く務めていた桜井治夫氏が任命されていたことが新聞報道されました。世論の非難を受けて、さすがに桜井氏は辞任されましたが、この例は、産業優先の意思決定の実情を如実に示しているものといえます。
言うまでもありませんが、いかなる産業といえども、人命を犠牲にして成り立つ生業などありません。水俣病を引き起こしたチッソや最近の雪印に至るまで、いくつもの実例がそれを証明しています。アメリカでは、アスベスト製造企業は既に相次いで倒産しているのです。そのことを、産業界はもとより、行政の担当者は、今度こそ、頭にたたき込む必要があると思います。
対策の遅れを招いたもうひとつの大きな要因は、縦割りの省庁ごとの通達(行政指導)中心という、これまでの対策の手法にあります。このため、情報伝達が円滑に進まず、また対策のあり方についての基本的考え方も共有化されず、その結果、すみやかな法規制や総合的対策の実施に至りませんでした。この点も、過去の公害事件と共通しています。
●国民会議の提言
今回のパニック後、国は、7月29日に関係閣僚による会合を設置し、これまでに3回にわたって会議を開催し、対策を発表しています。しかし、その内容を見ると、新法を作るのは被害者救済のみで、その他は、従来通りの縦割りの、行政指導中心の対策にとどまっています。今後の被害拡大を防ぐために極めて重要な既存のアスベスト対策も、明確な方向性が示されておりません。
また、国は、過去の対応の検証もしていますが、特に落度はなかったという弁解ばかりが目立っています。もし落度がなかったというのであれば、いったい、なぜ、今日のような深刻な被害が出てしまったというのでしょうか。これは、余りにも無責任な総括と言わざるを得ません。このままでは、到底、被害の拡大をくい止めることはできないのではないでしょうか。
そこで、国民会議では、このような国の姿勢に対して反省を求めるとともに、抜本的対策のあり方を早期に提言すべく、8月にアスベストチーム(座長=中地重晴氏)を設置し、石綿対策全国連絡会議、中皮腫・じん肺・アスベストセンターなどのNGOの方々の協力の下に、総合的かつ計画的にアスベスト対策を進める基本法の制定を求める提言を作成し、9月21日に内閣総理大臣宛に提出しました。この提言は、前号のニュースレターに同封して、会員の皆様にお届けしています。提出と同時に、環境省・厚労省の担当者と意見交換を行いました。さらに、自民党、公明党、民主党、共産党、社民党の関係議員にも提出して立法化を要請しました。
こうした活動は、NHKニュースや、朝日新聞、神戸新聞などでも取り上げられ、NHKの番組「あすを読む」でも解説の中で取り上げられるなど、反響を呼びました。その後、民主党が私たちの提言の趣旨を取り入れた法律案を発表しました。政府においても、既存アスベスト対策を実施するための建築基準法の改正作業が始まりました。少しずつではありますが、私たちの提言が効果を及ぼしつつあるといえます。
政府では、来年の通常国会で新規立法・改正法の成立を目指しています。今度こそ、抜本的な解決が実現されるよう、国民会議では、今後もNGOとの連携を強化しつつ、各党国会議員や行政担当者への働きかけを進めていきたいと考えています。ぜひ、ご支援、ご協力をよろしくお願いします。
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